小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

956 大人も惹きつけられる児童書 沢木耕太郎の「月の少年」

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 まさか、沢木耕太郎が児童書を書くとは思わなかった。青年時代に香港からからロンドンまでを、バスだけを使って旅をした体験記「深夜特急」でノンフィクション作家としての地位を確立した沢木がこうしたジャンルに挑戦したことが面白いと思ったのか、朝日新聞が時の人を紹介する「ひと」に取り上げた。

 2冊同時に刊行したうち、幻想の世界に入り込んだ孤独な少年を扱った「月の少年」を読んだ。沢木にとって、初めての「ですます調」の本は、浅野隆広の美しい絵とマッチして、大人でも惹きつけられる魅力がある。 両親を海の事故で亡くし彫刻家の祖父と暮らす不登校になった男の子が、満月の夜の湖で笛を吹く不思議な少年と出会い、自分を取り戻す物語だ。 

 新聞のインタビューで、沢木は八ヶ岳の池をモデルに構想を練り、「かぐや姫の落としだねのような少年と男の子が月(死後の世界)へ行くのか、結末は迷った。でもおじいさんの彫刻のように、何か身近な手仕事に生きる魅力を感じてほしいという願いも込めた」と語っている。

 昨年の東日本大震災で、両親を亡くした子どもは少なくない。そうした子どもだけでなく、大震災に遭遇し、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状に苦しんでいる人が多いのではないか。月の少年の男の子は学校の先生や級友から優しくされるが、それでも学校に行く気持ちを失ってしまう。両親を事故で亡くしたことによるPTSDだったのだろう。

 沢木は1947年11月生まれで、いわゆる団塊世代である。ことし11月には65歳の高齢者入りをするが、この作品を読むとその感覚は瑞々しい。 同時刊行したという「わるいことがしたい!」の方は、部屋にトイレットペーパーを転がし、裸で家中を走り回り、壁には落書きをするという、いたずらをやりたい放題の男の子の話で、結末に一工夫がある作品らしい。

 30代後半の子育て時代に、幼い娘を寝かしつけるために即席で何百とつくったお話の一つだそうだ。 「月と少年」は、両親が海の事故のため亡くなったとあるだけで、両親がどのようして亡くなったのか詳しいことは触れられていない。ある意味では、大震災で両親を亡くした男の子の物語と置き換えても違和感はなく、被災した子供たちの心を和ませる力があるのではないかと想像する。