小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

652 戦争とは幻滅 第一次大戦を描いた「八月の砲声」

画像 第一次世界大戦は、1914年から18年までの間世界の列強が2つに分かれて戦った人類史上最初の世界大戦といわれる。ドイツ・オーストリアオスマン帝国ブルガリアからなる中央同盟国と英国・フランス・ロシアを中心とする連合国(日本、イタリア、米国も後に連合国側に立ち参戦)の戦いは4年に及び、多大なる人命を失う。 

 しかし四半世紀後、人類は同じ過ち(第二次世界大戦)を繰り返す。 バーバラ・タックマンは、あらゆる資料を駆使してこの戦争の実態をノンフィクション「八月の砲声」(ちくま学芸文庫、上下)としてまとめた。ピュリッツアー賞を受賞したこの作品を熟読すると、人類の愚かさがよく理解できる。

 こうした苦い経験をしながら人類はさらに第二次世界大戦を繰り返し、いまも戦争を続けている。人類は進化しない生物と思ってしまう。 世界第一次大戦当時、ヨーロッパを中心に国際情勢は複雑な同盟、対立関係にあった。各国が疑心暗鬼にとらわれる中で、ちょうど96年前の1914年年6月28日、ボスニアの首都、サラエボオーストリア=ハンガリー帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の世継、フランツ・フェルディナント大公が、セルビア民族主義者ガヴリロ・プリンツィプにより暗殺される「サラエボ事件」が起きる。

 この事件をきっかけに、人類初の世界大戦へと発展する。タックマンはこの作品で戦争の原因、戦争勃発後の戦況をつぶさに描いている。兵隊たちは将棋の駒のような存在で、その命は軽い。さらにドイツ軍による苛烈なまでの敵国住民への焼き打ち、処刑、フランスの首都パリを守ろうとする老将軍の果敢なる行動、ドイツ将軍の勇み足による戦況の変化など、第一次大戦の細部にまで筆を進めていく。 タックマンは作品の終わりの部分でこう書いている。

「ついに戦争が終わったとき、ひとびとの希望とはうらはらの種々さまざまな結果が生じた。そのなかに、他のすべての結果を支配しかつ超絶したものがあった―幻滅である」と。 そう、戦争は幻滅そのものだ。

 第一次大戦の戦況を大きく左右した開戦30日目の「マルヌ会戦」で連合国側はドイツに勝った。にもかかわわらず、戦争は長期戦へと移行し、この戦争は4年間も続くことになったのである。

 上下にわたる長大な作品には、第一次世界大戦の当事者たちが数多く登場する。その何人かは歴史の勉強ではなじみが深いが、それ以外の人たちの名前が次々に出てくる。その役割を理解するのに時間がかかり、なかなか読み進めることはできず、読了するまでに約3週間を要した。

 読み終えて思うのは、いつの時代でも柔軟な視点を持った指導者がいないと、この世界は危うくなるということだ。第一次大戦、第二次大戦を見れば、結果は一目瞭然だ。しかし、現代でも危うい世界の指導者が少なくない。残念ながら、歴史の教訓は生かされていないのだ。