小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

623 愚かな首相と国民 混沌とした時代をどう生きる

 

米国のワシントン・ポストが、鳩山首相のことを「不運で愚かな日本の首相」とコラムで書いた。

  それが、自民党の谷垣総裁との党首討論でも取り上げられた。そこで鳩山さんは「愚かな総理かもしれません」と答えた。正直な人である。私も含め、自分の職責に対し「愚かな」という表現を使われたら怒る人がほとんどだと思う。それは人間としての矜持である。

  だが、鳩山さんは凡人とは違うのだろう。怒ることもなく、それを認めたのである。しかしワシントン・ポストの記事に対し、藤崎一郎駐米大使は「一国の首相に対し、失礼だ」と述べたそうだ。

  それは当然だ。米国のオバマ大統領は、早々にノーベル平和賞をもらった。しかし、その後のオバマ政治はうまくいかない。支持率も鳩山内閣ほどではないが、降下の一途をたどっている。米国だって、あまり偉そうなことは言えないはずなのだ。

  21世紀に入っても世界は混迷が続いている。世界の憲兵を自認しているはずの米国だが、その威信は地に落ちている。イラク、アフガンに平和が戻る見通しは全くない。

  しかも同盟国であり、戦後この方、言いなりになってきた日本の首相は「宇宙人」ともいわれる鳩山さんなのだから、米国のイライラは募るばかりなのだろう。

  ことしの4月の気候はおかしい。寒暖の差が極端に激しい。世紀初めなのにそれはまるで「世紀末現象」と言いたいほどの異常気象だ。

  こうした時代に合わせるかのように、鳩山さんを含めて、どっしりと落ち着き、この人に任せておいたら大丈夫という安定感のある世界の指導者は見当たらない。私たちは混沌たる時代に生きているのである。