小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

568 イチロー敬遠の裏で 野球WBC韓国の心

 ことし3月、第2回のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、日本は韓国を破り、優勝した。第1回に続く連覇だった。その裏に、韓国側の国民を挙げた日本、特にイチローへの敵対意識があった。その意識が勝敗に大きな影響を与えたことを22日夜のTBSの番組で知った。

  3-3で迎えた延長10回、日本は2アウト2、3塁で打者はイチローだった。韓国は抑えのエース、イム・チャイヨン(ヤクルト)だ。イチローを迎え、韓国のキム・インシク監督は、バッテリーに「敬遠」のサインを出した。にもかかわらず、バッテリーは、イチローに勝負を挑む。

  日本のヤクルトで活躍するイムは韓国代表として名を連ね、抑えのエースとして登板し快速球で真っ向勝負をする。しかし、ファールで粘った末にイチロータイムリーヒットを打ち、5-3で日本が勝つ。

  この試合のあと、キム監督は報道陣の取材に「敬遠のサインを出したのだが、見逃したのかもしれない」と語った。その結果、イム投手は日本戦に負け、WBCの優勝まで逃した「戦犯」として、韓国のマスコミにたたかれた。

  テレビの追跡取材によると、真相はサインの見逃しではなかった。キム監督は、隣にいるヤン・サンムン投手コーチに「イチロー敬遠」の策を伝えた。ヤンコーチがそれをそのまま伝えていれば、結果は変わっていたかもしれない。

  だが、ヤンコーチは監督の指示を無視した。その背景には、第1回のWBCの韓国戦の前にイチローが語った「日本と対戦した国に向こう30年くらいは勝てないと思わせるくらいの勝ち方をしたいですね」という言葉があったのだ。

  韓国は侮辱されたと思った。そして、打倒日本、さらに「イチローには絶対打たせないぞ」という国民的意識が形成された。第2回を迎えてもその意識は変わらない。

  それ代弁したのがヤン投手コーチだった。敬遠というサインがないから、イム投手は当然、全力でイチローに向かう。それは息をのむような時間だった。

  野球は人生に似ている。全力でやっているようで、あらゆる権謀術数や駆け引きを使う。野球ぐらいは、そうしたものを排除してお互いの力と力をぶっつければいいのにとさえ思うときもあるくらい、駆け引きが多すぎるのが現代野球だ。

  その意味で、日韓戦の監督の指示を無視したヤン投手コーチの「心」は理解できるし、責めることはできないと思う。それはまさしく「勇気ある行動」だった。

  人生には、勝負のときがだれでもある。結果として明暗に分かれる。議論はあるかもしれない。チームで戦うスポーツは個人の思いよりもチームの勝利を優先する。それを十分に承知したうえで、果敢に物事に立ち向かう姿勢を忘れてはなるまいと思うのだ。

  真相を知ったイム・チャイヨン投手の救われたような表情がよかった。彼はヤクルトで、来シーズンも抑えのエースとして、力を存分に発揮するに違いない。