小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

412 雪解けの街に 北海道再訪(1)

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 北海道の知人から便りが届いたのは3月初旬だった。その中にこんな一節があった。「札幌は雪解けが進んでいますが、冬期間の垢(あか)が流されずに路面に残っており、小生の嫌いな季節です」。

 いま車はスタットレスタイヤになり、スパイクタイヤ時代のような雪解けの季節の「粉塵公害」はないが、白い雪に覆われた冬から春への移ろいの端境期は知人の言う垢、汚れが目に付くのはやむを得ないのかもしれない。

 知人から手紙を受け取った翌週の3月の中旬、北海道に行った。雪解けの街と冬本番の郊外の自然に接し、知人の手紙の一節が確認できた。でも雪原の美しさはまだ十分に残っていた。 今回の北海道訪問は、若い友人たちとのスキー交流が目的だった。バスで札幌国際スキー場に向かう。中心部を外れると雪はまだ残っている。道路わきの雪は半分が泥にまみれている。

 札幌五輪のスケート会場だった真駒内アイスアリーナの近くの中学校の校庭も雪で覆われていた。 校庭で男子と女子の生徒らが一心に走っている。足取りはけっこう早い。足腰を鍛えるには最高の環境だ。この中から将来の五輪選手が出るかもしれないと、ひそかに期待する。

 札幌国際スキー場は、前日、低気圧による嵐で閉鎖になった。その余波で時折、強風が吹き荒れる。メンバーの中に初心者の2人がいた。それでも2人は一緒にリフトに乗り、ボーゲンで滑り始める。それを私たち3人が前に後になりながら激励を続けた。雪原の中で自然と一体となりながらひたすらゴールを目指す友人たちの姿はさわやかだ。

 途中、チョコレート休憩を取る。チョコをほおばると力がわいてきたのか、初心者のはずの2人は、時間ともに柔軟性を発揮して、自然との一体感を増して行った。上級コースを一番早く滑り降りたのは一番若い友人だ。後ろ姿は力を抜いたいいフォームだ。若さには太刀打ちできない。 その友人がスキーを外して、更衣室のある建物の入り口で急に足をとられて転倒し腰を打った。大事には至らなかったが、北国の自然は油断大敵なのだと思う。

 メンバーの1人は、4月に日本を離れインドに行くことになった。国際協力隊で海外生活を経験しているというから、日本を離れることに不安はないようだ。「海外音痴」の私からみればたくましい存在であり、こうした若者を知ったこと自体が誇りである。 私にはジンクスがある。

 性別や年齢を超えて気が合い、親しく交流した友人たちの多くが私の近くから去っていくのだ。転倒した友人もその1人で、いまは新しい道を歩んでいる。その積極的な生き方は好ましい。 転進して農業に進んだ友人、ドイツで目指す道の勉強を続ける友人、沖縄暮らしを選んだ友人、中国に渡った友人と、個性ある人たちが多い。そうした友人たちは、強い意志を持っている。インドに向かう友人のこれからの日々を想像する。

 3月はやはり邂逅の季節なのだ。 帰りの飛行機の中でそんなとりとめのないことを考えながら時間を送った。日中の気温2度という札幌から戻ると、東京は桜の季節が間近であることを思わせる暖かい日和だ。ハクモクレンガが満開になり、沈丁花の香りもきついくらいにどこかの庭から漂ってくる。前日までの寒さに震えた体験が幻のようだ。