小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

185 野間文芸賞 「ノルゲ」 佐伯一麦のノルウェーの四季

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このようにして、ゆったりとした時間を送る日本人もいる。それが私小説作家、佐伯一麦の近著「ノルゲ」(ノルウェー語でノルウェーのこと)に登場する作家だ。6年をかけて書いたというだけに、分厚い小説だ。佐伯に対する冒涜かもしれないが、私はそれを数日で読み終えてしまった。 佐伯の作品はほぼ読んでいる。前作の「鉄塔家族」や「遠き山に日は落ちて」は、佐伯と妻の2人の日常を淡々と描いている。こうした日常がいかに大事か、忙しい日々を送っていた当時に読んだので心に沁みたものだ。 今度もまた、作家と妻の物語だ。舞台はノルウェー。日本で染色の仕事をしている妻がノルウェー美術大学に留学することになり、作家も同行し、北欧で1年を暮らすのだ。壁が剥げ落ちてた古いアパートでの生活。 ノルウェーの人々との交流、ノルウェー語の勉強やオスロの街の様子を佐伯は自然やノルウェーの作家ヴェーソースの小説「The Birds」の訳を入れながら、たんたんと描いていく。 日本と北欧は遠く、イプセンムンクグリーグなど世界的な芸術家をのぞいてはノルウェーの事情は私を含め日本人はあまり知らない。 まして、イプセンの戯曲にグリーグが曲をつけた「ペール・ギュント」が、イプセンノルウェーに対する怒りを込めた作品とは想像もつかない。それを佐伯は、現地の人との会話の中でさりげなく紹介する。 佐伯は遅筆なのだろうなと思う。しかし、何のてらいもなく、自分の経験を文章にしていく。それが香り高い文学作品に結実するのだから、稀有な才能なのだと思う。 読後、ノルウェーにいつかは行ってみたいと思った。 (追記、第60回野間文芸賞に受賞が決まったと、11月8日付けの新聞に出ていた。文学とは不可思議で面白いという印象を強くした)