小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1461 ウクライナ危機の本質とは 『プーチンとG8の終焉』

画像 ロシアによるクリミアの併合、混迷するウクライナ危機はかつての米ソ冷戦時代の再来かといわれた。クリミア併合をきっかけに欧米を中心とする国々がロシアに経済制裁を加え、これまでのG8という枠組みからロシアを除外する動きが続いた。こうした国際社会の動きの中で、プーチン・ロシアを取り巻く情勢をフォローし、今後の国際社会の在り方を考え、ロシアの将来を占ったのが本書(佐藤親賢著、岩波新書)である。

  著者は、共同通信社でロシア問題を専門に取材する外信部記者(現在は外信部次長)である。留学時代も含めてロシア在住は8年半に及び、ロシア事情に精通している。2012年には『プーチンの思考』(岩波書店)を著しており、本書はその続編という位置付けだが、ウクライナ問題の本質に迫ろうとする著者の姿勢が浮かび上る。

  プーチンソ連崩壊後、エリツィン大統領に見いだされ、首相を経て2000年に大統領へと上り詰める。2008年には大統領をメドベージェフと交代して首相になる。2012年5月に再び大統領に返り咲き、メドベージェフが首相になるという「タンデム体制」を続けているが、現実はプーチン独裁政権といっていい。今後、ウクライナ危機で悪化した欧米との関係を修復できるのか、プーチンの後を継ぐ人物が現れるのかなど、ロシアの将来像ははっきりしない―というのが著者の見立てである。

  戦後長く続いた東西冷戦は、米国と旧ソ連(ロシア)の覇権争いだった。しかし、いくつかの時代を経て米国を中心とする西側が優位となり、ロシアの威信は著しく低下した。それを底上げしたのがプーチンだった。本書でも明らかにしているように、ロシア国内の世論調査ではクリミア併合を強行したプーチンに対し90%の国民が支持をしているという。民主化を進めソ連を崩壊へと導いてノーベル平和賞を受賞、西側では高い評価を受けながらロシア国内では裏切り者扱いされているゴルバチョフでさえもが、プーチンのクリミア併合策に賛成の立場である。

  米国のキッシンジャー国務長官も「クリミア(1954年、書記長になったフルシチョフがロシアからウクライナへプレゼントしたという経緯がある)は特別なケースだ。ウクライナは長いことロシアの一部だった。いかなる国が国境を変更し他国の一部を取ることも容認できないが、もし欧米が誠実であるならば、自分の過ちを認めるべきだ。クリミア併合は世界制覇への動きではなかったし、ヒトラーチェコスロバキア侵攻でもなかった」(本書)と述べており、ロシアとウクライナの問題では冷静な分析、対応が必要であることを示している。

  それは、住む世界の違いなのだろうか。私たちはおしなべて国際情勢について欧米=西側からの視点で見ていて、ロシアのクリミア併合、ウクライナでの親ロシア勢力との紛争はプーチン率いるロシアの領土的野心=ロシア不正義という説に組みする。だが、国際情勢は複眼で見なければ本質は解けない。その本質を探るうえで本書は貴重な手がかりとなる。例えば、ウクライナ危機について著者はこんな見方をする。「外交的には米国の一極支配に異を唱えるロシアの抵抗だが、経済的にはクリミアやウクライナ東部のロシア系住民が豊かになったロシアへの帰属を求め、政治的混乱と経済の低迷が続くウクライナから離脱を試みた格差問題と見ることができる。プーチンの領土的野心が起こした事件ではなく、戦後秩序が動揺する中で噴き出した矛盾の一つ」(要旨)。

  著者によれば、第二次大戦後のソ連・ロシアを支えてきたのは「国連重視」「エネルギー資源」「核兵器」の3本柱だった。ところが、国連でロシアの地位は下がり、核兵器戦力は米国主導のMD(ミサイル防衛)構想によって無力化し、原油などの資源も原油価格の急落で勢いを失い、これらが重なって強いロシアを牽引した「プーチン神話」は過去になりつつあるという。一時「プーチンなくしてロシアなし」といわれたのだが、プーチンの力に陰りが見え始めているというのだ。

  そして、著者は「ロシアが『追い詰められている』と感じる状況を変えない限り、欧米とロシアの不毛な対立は続く」と見ており、プーチンは国の安全保障が脅かされているという認識がある以上、今後もいざという場合には核兵器があると言い続けると予測する。さらに「関係正常化の責任はもちろんクリミア編入を強行したロシアにもあるが、冷戦終結後の『何度も欺かれてきた』という失望と強い不信感をロシアに与えた欧米の側にも一定の責任があるように思う」と論を進めている。

  現在の世界の動きを俯瞰して、著者は解決すべき脅威の存在を挙げている。それは①ISのような狂信的テロ組織の拡大②深刻化を増す地球の温暖化問題③国際的に広がる経済格差や不公平の問題―であり、こうした問題解決のために欧米とロシアが国際社会で協力する姿勢を見せることが重要だと指摘している。いずれもが難題だが、著者が言うように、地球規模で取り組まなければならない課題であり、対立が続けば「病気が深刻化していく」ことは自明の理である。ベルギーで3月22日、ISによる同時テロが起き多数の死傷者が出た。このことを見ても、狂信的テロ組織の拡大という病状が悪化を続けていることは間違いない。

 

1040 強いリーダーの実像に迫った「プーチンの思考」