小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1040 強いリーダーの実像に迫った「プーチンの思考」 ロシア問題担当記者の冷静な分析

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 他国のこととはいえ4年前の2008年、新しいロシア大統領にドミートリー・メドベージェフが当選した際、それまでの大統領だったウラジーミル・プーチンが首相になった時は驚いたものだ。2人乗りの自転車や2頭立ての馬車を指す「タンデム」をもじって、その政権はタンデム体制といわれた。

  ところが、メドベージェフの任期が切れると、今年の大統領選に再びプーチンが出て当選、メドベージェフを首相にする変形したタンデム体制が再現したのだから、2度の驚きを経験した。

 タンデムという言葉を一般化させたプーチンは、ソ連崩壊後のロシアを立て直したといわれる。私は独裁者というイメージを持っていたが、そうなのだろうか。プーチンとはどんな人物なのか、その実像に興味を持った人は少なくないだろう。その疑問に答えたのが佐藤親賢著「プーチンの思考」(岩波書店刊)だ。

  プーチンといえば、ソ連時代の情報機関・KGBソ連国家保安委員会)勤務の後レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)市幹部を経てロシア大統領府に勤務し、ここで当時のエリツィン大統領の知遇を得て、エリツィンの後継者となり、首相、大統領への階段を上り詰めた人物だ。頭も切れ、決断力があり、しかも運もあったのだろう。

  エリツィンに見出されたプーチンは、ソ連崩壊後の多民族国家・ロシアを強い指導力で支え、チェチェン問題では武力介入をいとわず、武装勢力に対し「テロリストを追い詰め、便所でぶち殺してやる」と語ったエピソードが残っている。国防を強化し、財閥を追放、経済発展にも力を注いだ。政治指導者には当然のように光と影の部分があり、本書ではそれらについても余すところなく記している。

  沈みかけたロシアという船を引き揚げた力量は、国民から高く評価されたことは間違いない。だが、2008年のタンデム体制に引き続き、大統領に返り咲くという今度のタンデム継続には批判も強く、国民の支持も以前ほどではなくなった。スターリンのような独裁者の道を走っているのかとも思ったりもする。

  共同通信社のロシア問題担当記者(現在はモスクワ支局長)として、これまで7年間にわたってプーチンの言動をフォローしてきた著者がプーチンの歩みを点検し、国家指導者としてのプーチンの実像に迫る作業を試みたのがこの本だ。事実を積み上げたこの本を読むと、国際問題には門外漢の私にもプーチンという、ロシアの一時代を築いた国家指導者の実像をほぼ理解することができた。

  同書は、第1章の「大統領復帰の誤算」に続き、第2章「『WHO IS PUTIN?再考』」、第3章、「『垂直権力機構』の限界」、第4章「タンデムの成果と欠陥」までプーチンの人となりや歩み、メドベージェフの関係について詳述。人事には保守的で、サンクトペテルブルク時代の関係者を重用するというプーチンの政治姿勢に疑問も投げかけている。

  特に興味を引いたのは「プーチン復帰後の外交と国防」(第5章)と「『プーチン後』への動き」(第6章)だ。2つの章からは、ロシア問題を一貫して取材してきた著者の冷静な分析が記され、北方領土問題など日ロ関係改善の糸口を探るうえでの重要な手掛かりについても提言している。

 「日ロ関係に足りないのは成功体験だ」と思う著者は「過去の問題についていくら話を続けても友好も共感も育たない。かつて互いを敵として戦ったという記憶を塗り替え、共通の利益のために一緒に戦い、そして勝ったという成功体験が、日ロ関係を大きく前進させるに違いない」と訴える。

  その戦いとは何か。著者は「経済危機克服の戦い、テロとの戦い、国際犯罪との戦い、地球温暖化などの環境保護のための戦いと多種多様であり、4島返還か2島返還かという議論が重要さを失うほど日ロが北東アジアでの安全保障上の利害を共有する関係になれば領土問題をめぐる妥協は今より容易になるはずだという真意がプーチンの言葉だ」と続けている。

 《プーチンは、ロシア首相として2009年5月に来日した。その直前に著者ら日本人記者のインタビューに応じ「政治とは受け入れ可能な妥協を探る芸術だ。もし、複雑な問題を解決しようとするなら、解決のための条件づくり、つまり相互信頼や協力、あらゆる方面での関係発展が必要。絶え間のない要求や対立で状況を袋小路に追い込むのではなく、忍耐と互いの利益の尊重が不可欠」という含蓄ある言葉を残した》

  残念なことに、現在の日本にこれだけの言葉を発信できる政治家はいない。著者は、この本の結びで示唆に富んだ考えを吐露している。

  著者によれば、ロシアは古いロシアと新しいロシアがあり、どちらも現実のロシアの姿だという。さらにプーチンの中にも古さと新しさが同居していると見る著者は、ロシアの今後について「最高指導者一人の意思や言動に大きく左右されることはないだろう。『新しい、強いロシアを』これからどうつくりあげていくのかはプーチン個人の選択ではなく、国民一人一人の選択にかかっている」と書いている。これは、少子高齢化時代が到来し、政治、経済とも閉塞状況が続く日本社会にも当てはまる指摘ではないか。労作を読み終えて、そんなことを考えた。

 

 海外の政治リーダーに関する以前のブログ。

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