小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1168 非情な天才と差別に耐えた大リーガー 伝記映画で知るやり返さない勇気

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 米国の伝記映画を見た。伝記映画というのは、実在した歴史上の人物の半生あるいは生涯を描いた作品だが、これまで制作された数多い伝記映画は完全な伝記や史実に基づいたものではなく、制作者によって創作や脚色されることが珍しくないそうだ。

 それはさておき、私が最近見た「「スティーブ・ジョブズ」と「42 ~世界を変えた男~」は、既に故人になったアップル・コンピュータ創業者と黒人初の大リーガーの半生を映画化した作品で、個人的には後者の方が心に残った。

スティーブ・ジョブズ」は、アップルの創業者・スティーブ・ジョブズの学生時代からアップルの創業、挫折と復活を描いた作品だ。ジョブズは、米国だけでなく世界的に知られた人物だが、ジョブズの予備知識がない人がこの映画を見た場合、映画の制作者が何を言いたいのかよく伝わらないのではないかと思った。

 ジョブズの半生を忠実に追うあまり展開が早すぎるのだ。恋人との間に生まれた子供を自分の子ではないと言い放ち、入籍・同居を拒否したジョブズが、いつの間にか2人と一緒に暮らしている場面はその典型だ。 映画を見た後、ウィキペディアで見たら、映画のストーリーは、ほぼ伝記に基づいたものだと理解できた。

 ジョブズは天才だが、非情な人間だった。創業当初の仲間を大事にせず、自分本位に生きた。強烈な個性がアップルを世界的企業にしたが、人生の途上ともいえる56歳で亡くなった。ジョブズの生き方を描いた映画を見て、なぜか天下統一直前明智光秀によって滅ぼされた織田信長を連想した。信長も戦の天才だった。わが家でもアップルの製品をいくつか利用している。それらを手にする度、ジョブズの好き嫌いは別にして、やはり彼は天才だったと思うのだ。

 もう一つの「42 ~世界を変えた男~」は、黒人初の大リーガーとなったジャッキー・ロビンソンを描いた作品だ。「42」はロビンソンが付けていた背番号で、大リーグの全チームが永久欠番にしている。ロビンソンの大リーグ在籍は10年(1947―1956)。通算安打1518本、打率0・311、首位打者1回、盗塁王2回、新人王、ナーリーグMVP1回という記録が残っているが、これよりもすごい打者は数えきれないほどいる。

 イチローもそうだ。 だが、なぜ大リーグ全チームが42番を永久欠番にしたかを思えば、ロビンソンがいかに偉大だったか理解できる。当時の米国社会は人種差別が激しく、後に黒人の大統領が誕生するとはだれもが思わなかったのではないか。当時から見ればオバマ大統領の選出は奇跡といっていい。

 ロビンソン役のチャドウィック・ボーズマンは無名の俳優だ。一方、ロビンソンを大リーグに導いたドジャースのジェネラル・マネージャー、ブランチ・リッキーはハリソン・フォードが演じている。ロビンソンは嫌がらせ、脅しに耐えてドジャースだけでなく、大リーグにとってかけがえのないプレーヤーになったが、彼を支えたのはリッキーの「やり返さない勇気を持つことだ」という言葉だった。

 日本では「倍返し」がことしの流行語の一つになっている。どちらが重い言葉かは言うまでもない。

 写真 明治以降、賊軍の差別に耐えた会津を象徴する鶴ヶ城