小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1094 手ごわい敵を抱えて 南海トラフ巨大地震、固定観念を捨てて

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 大げさに考えると、日本はこの巨大地震が起きたら国家が破たんし、沈没状態になってしまう―。日本の太平洋沿岸に延びる南海トラフマグニチュード(M)9・1の地震が起きると、最悪で220兆3000億円という途方もない被害が出るという想定を国の有識者会議が発表した。

 このニュースに衝撃を受けたのは、私だけではないだろう。千年に1回以下の頻度らしいとはいえ、2年前の東日本大震災を経験した日本人には、不気味な数字だ。 この巨大地震については昨年夏、死者32万3000人、全壊・焼失建物238万6000棟という想定が発表されており、経済面の損失を今回数字にしたものだそうだ。

 小松左京のSF小説「日本沈没」が刊行されたのは1973年(昭和48)だから、ことしでちょうど40年になる。映画にもなり、SFとはいえ大災害と縁が切れない日本列島の近未来を象徴する作品として、ベストセラーになった。その後、1995年(平成7)に阪神淡路大震災、2011年(平成23)に東日本大震災と22年―16年間隔で大災害が発生した。

 2つの大震災は全く予測できない中で発生、被害は甚大だった。その反動か、東日本大震災以降、地震学者はさまざまな地震の予測を発表している。その中でも南海トラフ巨大地震は最大の被害想定になった。2012年度の日本の当初予算は、一般会計が90兆円、補正予算が13兆円だから、この巨大地震の経済被害は国の予算の倍(つまり2年分)になる。国内総生産(GDP)の42%、東日本大震災の10倍を超える被害想定は「最悪の場合」という文言が入っていても、気になるのだ。

 新聞の見出しには、被害想定の金額のほか「避難950万人、停電2710万件」(日経)、「被災6800万人」(毎日)という途方もない数字も出ている。あまりにも大きな数字でピンとこない人も少なくないだろう。いつかは来るかもしれないし、あるいは何世紀にもわたって発生しないかもしれない。いずれにしろ、そんな巨大地震という手ごわい敵を抱えながら、私たち日本人は生きていかなければならないことを忘れてはならないと思う。

 東日本大震災の被災者101人にインタビューした「被災地の聞き書き101」(東京財団と共存の森ネットワーク)という本を読んだ。未曾有の大災害に遭遇した人たちが悲しみを乗り越え、懸命に生きようとする姿が伝わる記録である。

 この中で宮城県南三陸町志津川の77歳の男性が「志津川大火(1937年)、チリ地震津波(1960年)そして今回と人生で3回も大災害に遭い、今度は全部なくなってしまった。そういう人生です」と話しているのが胸に迫ってきた。

「今度の場合は想定外といわれるが、本当だった。われわれは津波が来ても6メートルくらいだから、2階に上がれば大丈夫。俺のところは海から何キロも先で津波はこないだろうと思ったが、そこまで行った。自然の脅威だから想像がつかない。だからいろんな固定観念を捨てて、まず高台に上がって自分の身を守るのが大事と感じたね」という言葉をかみしめたいと思う。

 写真は震災直後の志津川の街