小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

948 北京の旅(4)完 どこまで続くオリンピック効果

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 日本に観光に来た中国人が「日本では軽自動車ばかりが目につく。わが国では軽に乗っている人なんていない」という感想を漏らしたそうだ。日本をGDP(国内総生産)で追い越し、米国に次いで世界2位になったことの自信がこんな言葉になって出たのかもしれない。

 北京市内ではものすごい量の車が走っていて、あちこちで渋滞が続いているが、たしかに目を凝らすと軽自動車は見当たらない。 それにしてもおびただしい車だ。日本だって半端じゃないが、13億の人口のこの国では爆発的に車を持つ人が増えているのだろう。

 インドでもそうだし、これから全世界で車は増える一方だろうから石油資源の消費が下降線をたどることはないだろう。ガイドの男性もマイカー通勤といい、車なしでは生活ができないと話していた。 この北京の旅のブログ1回目で、かつての万里の長城の汚さについて書いたが、北京の街を歩くと、ごみはほとんど見当たらない。

 観光地にはゴミ掃除の人がいて、定期的にゴミを拾っている。オリンピック効果だとガイドは説明してくれたが、たしかに街はきれいになった。ヨーロッパや日本の一部でも、壁などに大きな落書きが目につくのに、北京ではそうした光景は見ることはなかった。オリンピックの開催によって北京からゴミや落書きが一掃されたのかもしれない。

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 北京の中心部近くに、明の時代の城壁の一部が残っている。城壁の前は芝生の公園として市民や観光客の憩いの場所になっている。この城壁遺跡公園は北京で2008年夏のオリンピック開催が決まった(2001年7月)直後の同年年秋に北京市が修復を始め、翌年に完成した。

 企業の建物や個人(バラック建て)の住宅など、不法占拠の建物があったが、当局によって撤去され、現状のような公園に整備された。ここでも街づくりにオリンピックが作用したというわけだが、追い立てられた人たちはどうなったのだろうか。

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 かつて、中国といえば自転車の洪水が代名詞だった。それは遠い昔の話で北京の街では電動自転車が目につく。日本では電動の方はあまり普及していない。というよりも軽自動車やエコカーの普及、普通の自転車がほとんどといった日本の交通事情を見ていると、「エコ意識」は日本の方が格段に浸透しているといっていい。

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 オリンピック当時、選手村に使われた高層ビルは住宅として販売され、富裕層が購入し、有名選手のサインが家の中に残っていると自慢している人もいるそうだ。現在、鳥の巣などオリンピック競技場などを見るため、地方からやってくるお上りさんは、1日50万人に達するというから北京のにぎわいは当分続きそうなのだ。中心部にある王府井の屋台には、これらの人たちや外国人が群がっていて、大変な活気だった。

 お上りさんの中には、一生で1回だけの北京観光という人も少なくないのではないか。しかし、急速に発展した中国経済にも陰りがみられるというから、この活気がいつまで続くかは分からない。 2016年のオリンピック招致に失敗した東京都が、2020年開催を目指す動きがある。石原知事は、日本の復興の象徴として実現したいと語っているが、原発事故の福島は本当に復興できるのだろうかと考え込んでしまう。

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写真 1、美しい頤和園 2、明の城壁公園でタコを上げる老人 3、明の城壁公園 4、明の城壁公園では外国人の姿も少なくない 5、中心部王府井に並ぶ屋台