小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

943 ある贈る言葉 原発事故福島の小学校の卒業式

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 以前ラオスに同行した宍戸仙助さんは、現在原発事故で多くの県民が避難生活を送っている福島県の小学校で校長をしている。宍戸さんが校長をしている伊達市立富野小学校は、きょう卒業式を迎えた。在籍児童は33人、このうち8人が6年間の学び舎を去った。卒業式で宍戸さんは、次のような言葉を贈った。

 この中で宍戸さんが訴えた5つの理想が実現する社会づくり(あるいは復活)を、卒業生をはじめとする子どもたちに目指してほしいと思う。

 

 ご来賓の皆様方、そして、保護者の皆様と25人の在校生の皆さんに見守られ、136年の歴史と伝統を誇る本校の卒業生として巣立つ、8人(式辞ではもちろん実名)のみなさん卒業、おめでとうございます。

 今、1人ひとりに卒業証書をお渡ししました。皆さんは、小学校6カ年の全課程を修了し、数々の思い出と中学校への大きな期待に胸を膨らませ、今、富野小学校を巣立とうとしています。 その多くの思い出の中でも、昨年3月の東日本大震災、そして原発事故は、記憶にも新しく、また、忘れることのできないことの一つでしょう。

 2万人もの人の命が失われた今回の大地震津波、そして原発事故。幸い富野小学校では、全員無事でしたが、被災地では、お父さんが、お母さんが、全員が津波に襲われた家族もあったのです。多くのかけがえのない命が失われ、さらには、かけがえのない故郷が奪われました。

 自然の力は、人間の力の及ばない、はるかに大きなものなのです。 昨年から、私たちが生きているために本当に必要なものは何か、本当に大切なものは何かが問われています。お金や土地や財産などは、様々な災害によって簡単に奪われてしまうこともあることが分かりました。

 もっとも大切なもの、それは、喜びや悲しみを共に分かち合える仲間や友だちであり、兄弟や家族、そして、その「絆」だということが分かったのです。さらに、大切なことは、「生きている」と実感できる「生きがい」なのです。 では、私たちは、どんなときに「生きがい」を感じるのでしょう。

 それは、昨年10月末に、本校に来てくださった、ラオスのブアラペ・チュンタボンさん、ノンさんも言ってくださった「人の役に立つ生き方」なのです。私たちは、何か仕事をして、それが、人の役に立っていると実感できたとき、大きな生きがいを感じるのです。富野小学校のみなさんのために、多くのものを送ってくださった神奈川県藤沢市の○○さんの喜びも、そこにつながっているのだと思います。

 目を世界へ向けてみましょう。今、世界には65億人の人々が生きています。その中で、10人に3人が子どもです。その世界中の子どもたちが幸せになるためには、5つのものがあればよいというのです。 1つ目は、きれいな空気と水、そして豊かな土 2つ目は、災害や戦争がないこと 3つ目は、病院にいって治療や予防接種を受けることができること 4つ目は、文字の読み書きができるようになるための教育を受けられること 5つ目は、伝統文化に誇りを持ち、それらを楽しむこと 日本の子どもたちには、これまで、この5つの中でないものがなかったのです。

 全部揃っていました。しかし、今回の地震津波という災害と、原発事故で、多くのものが失われました。しかし、日本には、今、戦争がありません。予防接種も受けられます、病院へも行けます。そして、何より、したいだけ勉強ができるのです。幸せは、失ったものがあるときその本当の大切さが分かるのかも知れません。

 世界中の多くの子どもたちを見た時、あなたたちは幸せなのです。 幸せは、他の人たちと分け合ったとき、さらに幸せを強く感じるのです。自分が人の役に立つことができたと実感したとき、これ以上に幸せを感じる時はないはずです。 あなたたちは、様々な災害にあった人々や世界中の人々の幸せのために役立てる人になれるのです。

 夢と希望を大きく持ち、倦まず弛まず努力を重ね、人の役に立つことができる人になってください。それが、自分にとっても最高の幸せとなるからです。東南アジア・カンボジアのNGO、ソヒエップさんが、ビデオメッセージの中で言っていたように、勉学を続ければ、災害さえも予測でき、解決できるのです。

 自分の可能性を高めることは、より多くの人々の役に立てることにつながるのです。 さて、皆さんは、この富野小学校の卒業生です。だからこそ、今ここで、目と心に焼き付けてほしいものがあります。来賓の皆様に失礼させていただき、立って回れ右をしてください。 皆さんの目の前にあるものは、瀬戸物、つまり陶器でできた壁かざりです。このような壁は、どこの学校にもあるものではありません。

 めったにない素晴らしいものなのです。23年前に、この校舎が造られたときに、この校舎のためにだけデザインされ、そのためだけに焼かれて作られたものなのです。この壁面レリーフは、皆さんがこの学校に入学したときから、様々なみなさんの姿と活動を見つめてきました。では、この壁面のデザインは何を表しているのでしょう。

 下から上へ伸びる木は学び舎である学校を表現しています。上に伸びる枝は1年生から6年生のそれぞれの皆さんを表しています。大地にしっかりと下ろした根から取り込んだ栄養、つまり、学校で学んだことで、すくすくと成長していく様子を表しているのです。また、その上に描かれている緑色の曲線面はみなさんの、様々な良さが入り交じり、お互いに助け合いながら、成長していく様子を表わしています。

 他人を思いやる優しい子供になって欲しいという願いが込められているのです。そして、その上の4羽の白い鳥は6年間の小学校生活を終え、小学校という学び舎から巣立ち、翔いて行く様子を表現しています。一番右上の曲線が上に広がっているのは、あなたがたの無限の可能性と伸びやかさを表現してあるのです。

 この話は、この壁面レリーフをデザインし、作った人から、最近、直接お聞きすることができたことなのです。 8人の卒業生のみなさん、富野小学校の卒業生として自信と誇りを持ち、歩んでいってください。そして、いつかまた、この壁面レリーフの前で、会えることを楽しみしています。では、座ってください。

 卒業生の皆さんは、4月からは中学生です。中学校は、小学校の学習を土台として、個性豊かな人格を磨き、さらに自分の進むべき道を選ぶための大事な3年間であります。これからは、自分で解決しなければならない困難なことに出会うことも多くなります。

 しかし、自分の「夢」を大切にしてください。白バイにのる警察官になりたいと思い、がんばってそれを実現させた○○さんも、海上自衛隊に入りながらも、学校の先生になる思いを叶えた○○先生も同じように、みなさんが今いる場所から、みなさんに呼びかけてくださいました。

 それは、「夢をあきらめないことです」 アメリカ、メジャーリーグ松井秀喜選手は「生きる力とは、成功し続ける力ではなく、失敗や困難に出会ったとき、それを乗り越える力だ」と言っています。また、あの発明家のトーマス・エジソンも、「どんな不幸にも屈せず、逆境を有利な状況へ変える力を持つことが大切だ」と書いています。

  厳しい冬の寒さを乗り越えた桜の花は、一段と美しいと言います。失敗や苦難、さらには災害を乗り越えたあとの喜びの方が大きいことを信じて前へ進んでいきましょう。決して夢をあきらめないでください。どんな災害にも負けないでください。夢は、それに向かって努力する限り必ず実ります。  

 保護者の皆様、皆様が、真の愛情をもって育んでこられたこれまでの12カ年の心労とその努力を思うとき、今日のこの喜びは、いかばかりかと推察し、心からのお祝いを申し上げます。皆様からの多くのご協力によりまして、このように立派なお子様に成長されましたこと、一緒に喜び、また、感謝にたえません。長きにわたり、学校に対し、深いご理解と温かいご支援とご協力をいただきましたことに、改めて深甚なる敬意を表する次第であります。ありがとうございました。 最後になりましたが、この災害から学んだことを忘れず、卒業生の限りない発展と前途に幸多からんことを祈念し、式辞といたします。

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(写真は震災前の富野小学校)