小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

939 澄んだ目で見る戦争の恐怖 映画「戦火の馬」

 私が小さいころ、わが家では馬を飼っていた。その背中に乗って、落ちないよう懸命にしがみついて坂道を下りたことを覚えている。スピルバーグ監督の映画「戦火の馬」を見て、昔を思い出した。主人公の少年が私の子ども時代と重なったからだ。

  映画はマイケル・モーバーゴというイギリスの作家の同名の児童小説を元にしたそうだ。第一次世界大戦下、軍用馬として駆り出された馬の数奇な運命を描いている。全編を通じて戦争の悲しみと希望をキーワードにして、馬をめぐるさまざまなエピソードが展開する。「ジョーズ」や「未知との遭遇」など、数多いヒット作を出しているスピルバーグ監督の名前につられてチケットを買ったが、時間の無駄ではなかった。

  私の家には現在、犬がいる。その目は人間と比較して濁りがなくきれいだ。以前、ラオスで出会った子どもたちの目が輝いていることに驚いたが、動物たちの目もひけをとらないと思うのだ。戦火の馬の目もそうだった。そんな馬が戦争に駆り出され、恐怖の時間を送ることになる。

  エピソードはいくつか用意されている。イギリスの農村で少年との日々、騎兵用の軍馬として駆り出されたフランスの戦場と乗っていたイギリス騎兵の戦死、兄弟の少年ドイツ兵との出会いと銃殺死、高齢のフランス人農民と孫娘との短い隠れた生活、ドイツ軍の大砲運搬と仲のよかった馬の死、戦場からの脱出途中に鉄条網に絡む馬を助けるためイギリス、ドイツの敵同士の協力…と、物語は展開していく。ラストでは兵士となった少年と再会し、抒情豊かなイギリスの農村に帰っていく。そこには平和な暮らしが待っているはずだ…。

  第一次大戦では1914年12月、連合国とドイツの兵士たちがベルギーフランダース地方の両軍の中間地帯でチョコレートや菓子、酒、たばこなどを交換し、さらにサッカーの試合も行い奇跡の「クリスマス休戦」として、歴史に記されている。戦争が勃発してから半年後のことだ。イギリスとドイツの敵の兵士が鉄条網に絡んだ馬を一緒になって助けるシーンを見て、このクリスマス休戦を連想した。

  100年近く前の戦争では、軍馬としておびただしい馬が使われ1000万頭が死んだと推定されている。人間のおろかな戦いは他の動物たちを巻き込んだ。それは第二次大戦や、それ以降の戦争でも繰り返されている。スピルバーグ監督は「馬の顔は理知的だ」と撮影の印象を語ったそうだが、映画の「戦火の馬」が戦場を駆けるとき、その目に悲しみがあふれていると思ったのは私だけではないだろう。