小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

810 何が真実なのか  収束しない原発事故をめぐって

  収束の見通しが立たない東電福島第一原発事故に絡んで、朝日新聞の朝刊に2人のインタビュー記事が掲載されていた。

  一人は元東電副社長、元参院議員で現在東電顧問の加納時男氏、もう一人は自民党の現職衆院議員、河野太郎氏だ。原発維持(加納氏)と原発廃止(河野氏)の立場から発言しているが、加納氏の発言には驚いた。「低線量放射線は体にいい」というのだ。

  加納氏は東電副社長を務めたあと、98年の参院選比例区自民党)で経団連から支援され、財界候補として当選、2期務めたという。東電の意見を代弁する立場であり、現在もそうだ。

  原発擁護に終始する加納氏は、最後に「低線量の放射線はむしろ健康にいいと主張する研究者もいる。説得力があると思う。同僚も低線量の放射線治療で病気が治った。むしろ低線量は体にいいということすら世の中ではいえない。これだけでも申し上げたくて取材に応じた」と述べている。

  加納氏が言うように、低線量の放射線は体にいいと主張する研究者がいることを知った。稲恭宏という人物だ。最近、この人の講演風景がユーチューブでも盛んに流されている。その映像を見たが、彼の主張は理解できなかった。ブログでも賛否両論があり、学会では異端と見られているようだ。加納氏が「説得力がある」と言うのはどうかなという印象を受けた。

  新聞通信調査会発行の「メディア展望」5月号に、元日本原子力研究所研究員の内田正明氏が「原子力村の巨大な空洞」と題して、今回の原発事故について書いている。

  内田氏によると、原子力関係者の基本的考え方は「世の中には絶対安全というものは存在しない。飛行機に乗れば墜落して死ぬ危険がある。チェルノブイリ事故でさえ、実際の死亡数は当初言われたほど大きなものではなかった」というものだが、これは間違いだったというのだ。原発の大事故が地域を破滅させ、国全体を揺るがしかねないものであることがはっきりした、と内田氏は続ける。

  さらに内田氏は、中越地震後も東電が津波の対策を取らなかったことを指摘し、保安行政が無能で安全審査は形ばかりだったと国の原子力行政のずさんさを告発している。

  その典型として、原発に従事する技術者(運転員)の3つの国家資格(原子炉主任技術者、核燃料取扱主任者、放射線取扱主任者)が形骸化してことを取り上げている。

  原子炉と核燃料に関する試験は「一体何の試験かと疑うほどの内容」だという。核燃料取扱主任者の最大の任務は臨界事故防止のはずだが、具体的技術力を問う問題はない。原子炉主任技術者の大事な使命は不要原子炉の異常を迅速に判断して的確な指示を出すことだが、この目的に直結した出題は皆無。「いわば自動車の運転免許試験に運転技術の試験がなく、代わりに看護師の試験問題が出題されるようなことが長年まかり通っている」というのである。

 内田氏は、今後のエネルギー政策について「徐々に原子力から撤退すべきだ。当面は既存の原発の運転を続けざるを得まいが、そのために体制の改革が必要」と指摘している。原子力研究者としての内田氏の主張は、加納氏の発言よりも説得力がある。