小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

752 高齢化社会を前向きに 小説「万寿子さんの庭」

画像 もし、こんな友達ができたら歳をとっての一人暮らしもまんざらではないなと思った。黒野伸一著「万寿子さんの庭」は、そんなことを感じさせる小説だ。 78歳と20歳の女性の歳を超えた友情を扱っている。これが男同士という設定は不可能だったのではないか。

 ストーリーは、右目に斜視がある20歳の竹中京子が社会人としてスタートするためにアパートにやってくる。その隣の一軒家に変わり者の万寿子さんが1人で住んでおり、庭で花づくりをしている。2人はいつしか友達になり、さまざまな経験をする。しかし、万寿子さんはアルツハイマーの症状が進み、そして…。こんな内容だ。

 かなり歳を隔てた女性が友達になるという黒野の発想が面白い。2人を取り巻く若い男性や京子の親友もいて肩が凝らずに、一気に読むことができる。男性作家が女性の心理を描くことは難しいと思われるが、京子の心の動きを黒野は巧みに表現している。

 私と犬の散歩コースにも、万寿子さんのように庭を花でいっぱいにしている家がある。その庭では、万寿子さんと歳格好の似た女性がよく水やりなど花の手入れをしている。黒野は美術鑑賞、散歩、人の話を聴くことが趣味だというから、散歩のときに年配の女性が庭の手入れをしているのを見かけて、この作品のアイデアが浮かんだのかもしれないと思ったりする。 日本の高齢化社会は急ピッチで進んでいる。

 1人暮らしの老人が増え、新聞には「孤独死」という記事が頻繁に出るようになった。都会も地方も関係がなく、この厳しい現実から逃れることができない。これに立ち向かうように、私の近所でも老人たちが集まり、サークル活動に励んでいる。

 たしかに現実は暗く「冬の時代」だといっても過言ではない。この22日は冬至だった。昼が最も短く夜が最も長い日でもあった。まさに現代は冬至のような状況なのかもしれない。 だが、この小説のような人間の付き合い方もあり、高齢化社会を悲観的に見すぎてはならない。冬至が過ぎて、これから夜明けも少しずつ早くなる。夜明け前に自宅を出ていた私と犬の朝の散歩も、光と戯れる時間が増えてくるだろう。