小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

735 63の功績 白鵬の連勝記録ストップに思う

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 大相撲九州場所2日目の15日、横綱白鵬が平幕稀勢の里に寄り切りで敗れ、今年の初場所14日目から続いていた連勝が「63」で止まった。 大分県出身の相撲の神様、あるいは不世出といわれた35代横綱双葉山の69連勝を破ることはできなかった。

 双葉山は1936年(昭和11年)1月場所7日目から1939年(昭和14年)1月場所3日目まで3年かけて69連勝を達成した。白鵬は年6場所時代の記録であり、双葉山の集中力の強さには驚く。それにしても白鵬はよくやったと思う。

 テレビのニュースで「街の声」をやっていた。「双葉山の記録を破ってほしかったのに残念です」「日本人力士が連勝記録をストップさせたのはうれしい」「不祥事続出の相撲界にとって白鵬は救世主だったはずなので、惜しいですね」……集約するとこんな感想だ。

 記録は破られるものだ。それがスポーツの醍醐味である。ある時、天才が現れ、とてつもない記録をつくる。それに対し、挑戦者が次々に出る。そして、いつしか新しい記録が生まれる。それは人類の進化を証明するものだ。 いま、相撲界は外国人力士で持っているといっても過言ではない。

 日本の国技といわれながら横綱確実という日本人力士はいない。モンゴル出身の朝青竜が問題を起こして引退したあとは、同じモンゴル出身・白鵬の一人劇場が続いた。63連勝という彼の功績は大きい。 日本人が3Kといわれる「汚い、きつい、危険」な職場を敬遠するようになって久しい。それが相撲にも反映したようだ。

 裸を見せるのは恥ずかしいという子どもたちの声もあるそうだ。とすると、白鵬のような日本人力士はなかなか出ないのではないか。 ところで、白鵬はこれからいわゆる「モチベーション」を維持することができるのだろうか。双葉山の記録を破ろうとしてきた気力が萎えてしまう心配は杞憂であることを祈りたい。

 双葉山は安藝ノ海に敗れて69連勝がストップした場所で4敗もしてしまうが、翌1939年の5月場所(初の15日制)では何と全勝優勝した。その強さはやはり群を抜いていたのだろう。その意味でも今場所の白鵬の相撲は注目だ。双葉山は「われ未だ木鶏たりえず」という言葉を残した。木鶏は中国の故事で、木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏のことを言うが、白鵬もまたその心境なのだろうか。