小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

640 聞く耳を持たぬとは? 小沢氏巻き添えは功績大

画像 鳩山首相がやめることになった。民主党両院議員総会のあいさつをテレビで見ていて、「人がよすぎたゆえの挫折」と思った。 短い在任中に、メディアにたたかれ続けた鳩山さんだが、最後に一つだけいいことをやった。

 それは民主党を牛耳っている小沢幹事長を巻き添えにし、2人とも辞任することになったことだ。「政治とカネ」(政治には常にカネが付きまとうのはおかしい)の象徴である2人がそろってやめることになり、少しは日本の政界も光が差し込むのか。 鳩山さんの辞意表明の両院議員総会、夕方の記者団への話の中で「国民が聞く耳を持たなくなった」という表現が繰り返し使われた。

 この言葉に違和感を抱いた。「聞く耳を持たぬ」は、相手の言うことを聞こうとしない―という意味だ。そうではないと思う。国民は、鳩山さんの話に耳を傾け続けたはずだ。 昨年夏、自民党から民主党に政権が交代した。政治に絶望気味だった国民は、少しは期待をしていいのかと思った。

 だが、鳩山首相小沢幹事長の2枚看板が相次いでカネの問題でつまずいた。そして、沖縄の米軍・普天間基地の移転問題。だれが見ても、鳩山さんの言動はおかしかった。 国民は、鳩山さんらの話を我慢しながら聞いていたのだ。しかし、あまりの言行不一致ゆえに、各種世論調査内閣支持率が20%台を割る「落第」という烙印を押したのだ。

 これが鳩山さんには「国民が聞く耳を持たなくなった」と映ったたのだろうか。 鳩山さんは、夕方のツイッターで「本日、総理の職を辞する意思を表明しました。国民の皆さんの声がまっすぐ届く、クリーンな民主党に戻したいためです。これからは総理の立場を離れ、人間としてつぶやきたいと思っていま す。引き続きお付き合い下さい」と書いている。 ツイッターをやることは、悪いことではない。だが、このつぶやきを見ていると、どこか虚しく、空々しいのだ。自信を失った日本の象徴が鳩山さんなのだろうか。