小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

516 神様がくれた指の女性たち スペイン・ポルトガルの旅(3)

画像

 佐藤多佳子の作品に「神様がくれた指」というスリを描いた小説がある。スリという犯罪は、日本だけでなく世界各地で横行していることを、今回の旅で実感した。夏の五輪が開催されたバルセロナは、スペインでもマドリードと並ぶスリの街なのだそうだ。そして、実際に目の前にスリが2回も姿を現したのだから驚いた。(女性スリが現れたグエル公園

 いずれも妙齢の女性だった。彼女たちは、神様がくれた指を駆使しようと、カモを狙って出没していたのだ。 バルセロナの繁華街でのこと。折から雨が降ってきた。土産店の入り口近くで雨宿りをしていると、若い女性2人が同じように雨宿りにやってきた。後で分かったが、ルーマニア人の2人組で連れの近くに身を寄せてきた。こちらをお上りさんと甘く見たのか、2人は目配せしながら連れが肩から提げているかばんに時々目をやっている。

 このかばんに狙いを定めたようだ。年長の方が見張り役で、後ろにいる若い方が実行役なのだろう。 5分ぐらい過ぎて雨が上がった。それでも2人はそのまま動かない。危ないと感じた私は連れに「気をつけろ」と呼び掛けた。その直後、土産店から出てきた現地のガイドさんが日本語で「そこにスリがいるから気をつけてください」と大きな声を出した。それを察したのか、2人組はさっと私たちのそばを離れて、足早に立ち去った。

 ガイドさんによると、2人はルーマニア人で、ガイド仲間では「有名なスリ」なのだそうだ。 この後、ガウディ設計のグエル公園で若い美人女性のスリの現場に遭遇した。ピンク色の鮮やかな洋服を着た彼女の獲物は中国人(?)らしいカップルだった。写真屋さんから記念写真の撮影を勧誘された2人が値段の交渉などをしているうち、リックを持った女性の後ろにもう1人の女性が忍び寄った。

 リックに狙いを定めたのだろう。 カップルの女性はリックを下に置いて、その場を離れた。すると、ピンクの女性がリックに手を出した。その瞬間、たまたま上の方からカップルを見ていた日本人のグループから「バッグ!バッグ!」という大きな声がかかった。ピンクの女性は伸ばしかけた手を引っ込め、素知らぬ顔でその場を離れていく。神様がくれた指で、彼女はこれまで何度も獲物をものにしたに違いない。

 しかし、この日は邪魔が入ってしまい、あとで地団太を踏んだに違いない。 スリの歴史は古く、もう何千年と続いているようだ。かつて、英国ではスリで捕まると、広場で絞首刑になったほど、罪は重かったそうだ。いまでも世界の主要都市はスリが横行し、観光客の被害が後を絶たない。様々な手口を駆使して観光客を狙うスリたちが、ローマやパリやニューヨークや東京、さらにマドリードバルセロナできょうも新たなカモを狙っているのである。