小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

439 豚インフルエンザの発生 やまない戦争への警告

 カミュの「ペスト」は、ペストが大流行したアルジェリアのオランという都市を舞台に、さまざまな階層、職業の人たちが協力しながら、恐ろしい伝染病に立ち向かう物語だ。人類が経験してきた災厄との闘いをモデルにした、これまで読んだ文学作品の中でも極めて印象に残る小説だ。

  ペストはノミを媒介して流行する。中世のヨーロッパで猛威を振るい、ヨーロッパの人口の3割がこの病気で死んだという。そして現代。メキシコで豚インフルエンザが発生した。トリインフルエンザに続いて、動物を介した厄介なウイルスとの闘いが人類の緊急課題になった。

  ヨーロッパ各地の都市で、中心部にペストとの闘いを記念した碑が建っているのを見かけることがある。1347年から50年にかけてイタリアから始まって、ドイツ、フランス、イギリス、スペインと瞬く間にペストが流行した。ペスト菌に冒されると、高熱を出し皮膚が黒くなって死んでいく。致死率が高く中世ヨーロッパでは「黒死病」と恐れられたのだ。それを克服した記念碑である。

  1910年代を最後にこの病気の大流行は終わったといわれる。それまでにおびただしい人命が奪われた。この病気の克服までに人類が払った犠牲は多く、厳しい闘いを余儀なくされた。

  カミュは、ペストという脅威に対し互いの立場を乗り越えて一致団結する市民の姿を描いた。現代のウイルスとの闘いでも、国際社会の協力が不可欠だ。WHO(世界保健機関)を中心にした医学、公衆衛生だけでなく、政治を含めた関係機関の英知を集め、ネットワークを強化してこの病気に立ち向かう必要があるのだ。

  エイズを含めウイルスは突然変化し、人類の敵として凶暴性を発揮する。それは、いつの時代でも戦いに明け暮れる人類への警告のように思えてならない。

  1918年から19年にかけ、世界でスペイン風邪が流行した。それによって6億人が感染し、4千万人から5千万人が亡くなった。武者小路実篤は「愛と死」という純愛小説を書いた。主人公の恋人がスペイン風邪で命を失う。ウイルスは、この世から愛する人を無差別に奪っていく。豚ウイルスがそこまで凶暴にならないことを祈るのみだ。