小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1942 感染症の災厄を乗り越えて「アン」シリーズ4に見る希望の展開

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 内外ともにコロナ禍により経済的、精神的に追い詰められている人が少なくない。これまで多くの感染症が人類を襲った。ウイルスとの闘いは果てしがない。かつて、インドだけで1年に300万人が死亡したという恐るべき感染症天然痘だった。この忌むべき感染症を、人間関係の橋渡し役とした作品を書いたのはカナダの作家、L・M・モンゴメリだ。

 その小説は、世界的ベストセラー『赤毛のアン』シリーズの4、短編集「アンの友達」(村岡花子訳・新潮文庫)の中の一編。「アンの友達」は、「アンシリーズ」の主人公であるアン・シャーリーをわき役か端役(全く出てこないものもある)に置き、アンの周辺にいる人たちの哀歓を描いた12の物語を読んだ人は多いだろう。天然痘がキーワードとなるのは「隔離された家」という8番目の作品。男嫌いの独身女性マクファーソン・ピーター・エンジェリナと、女嫌いの独身男性アレキサンダー・エイブラハムがこの病気の流行に巻き込まれ、意外な展開を迎えるストーリーだ。

  マクファーソンは牧師から日曜学校の教師を頼まれ、思いもかけない質問をすることで有名なアンを避けるため男の子のクラスを引き受ける。数週間後、学校に顔を出さない男の子が心配になり、その子が使い小僧(使い走り役)として雇われているというアレキサンダーの家に行く。しかし、猛犬に追われたため木に登って逃げ、一緒に行った飼い猫とともに近くの開いていた窓から家の中に入ってみる。室内はごちゃごちゃで埃が舞い、とかしたことがないと思われる髪と伸ばし放題のひげ姿のアレキサンダーがいた。

 そこへ医者がやってきて、アレキサンダー天然痘の患者が出た料理店で食事をしていたため隔離扱いとなり家に籠っていることが分かる。マクファーソンもそのままこの家にしばらくとどまらざるを得なくなる。こうして2人は隔離生活を送り、途中でアレキサンダー天然痘を発症、マクファーソンの懸命な看護で回復する。そんな生活を経て彼女は自宅へと戻ると、アレキサンダーがやってくる。そして……。

  天然痘天然痘ウイルスによって起こる感染症で、イギリスの医学者エドワード・ジェンナー(1749~1823)が開発した種痘(牛痘接種)法によって予防が進んだことはよく知られている。その後ワクチンの改良で発症患者は減り続け、1980年に世界保健機関(WHO)が、ウイルスによる感染症として初めて根絶を宣言した。

  モンゴメリが『赤毛のアン』を発表したのは1908年のことで、シリーズ4作目は1911年に出た。日本では1800年代末(明治時代中期)3次にわたって天然痘の大流行があり、7万2000人の死者を出している。1900年代初めのカナダでもこの感染症は流行しているか、あるいは油断できない病気として存在していたからモンゴメリは小説の材料に取り入れたのだと考えることができる。男嫌い、女嫌いの2人が天然痘流行という環境下に出会い、希望の持てる展開を考えたモンゴメリの発想に畏敬の念を持つ。同時に、コロナ禍の時代を送る私たちへのモンゴメリからの「くじけないで」という叱咤激励とも思えるのだ。

  モンゴメリは67歳で亡くなった。死因は、自殺(孫娘が公表)とされている。このような災厄を克服した人たちの物語を書いた作者の悲劇の死を、私は正直なところ信じられない。それは、世界の多くの読者も同じ思いなのかもしれない。

 

 写真 散歩コースの調整池周辺にセイダカアワダチソウが咲いている。後方は駅前のビル群。