小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

369 「悩む力」・「自壊する帝国」 読まず嫌いの本を読む

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 この種の本とはこれまであまり縁がなかった。人生の生き方を考える本だ。知人の奨めで東大大学院教授の姜尚中(カンサンジュン)氏の「悩む力」を読んでみると、これがけっこう面白い。文字通り考えさせられ、少しだけ後輩の姜氏の思いに共感を持った。

 この本で姜氏は、夏目漱石とマックス・ウェバーをキーワードに「人生の悩み」「何のために働くのか」「青春は美しいのか」「世の中すべて金なのか」「変わらぬ愛はあるか」といった、生きるうえで必ず味わう様々な課題に関して彼なりの答案を書いていく。その結果として、現代の人生においては、常に「臨戦態勢を強いられている」というのだ。

 その典型がアウシュビッツに代表される死と隣合わせの強制収容所であり、そこで生き残った人はこの状況を生き抜いて「人間的に悩みたい」と願い続けたというエピソードも紹介している。その上で、個人の生きる力は何かと考えると、姜氏は内面の充実、自我、心の問題に帰結するとも書く。そして、自我を保持していくには、他者とのつながりが必要で、相互承認のなかでしか人間は生きられないとも説く。   

 いま、日本は急速な高齢化社会が進行中だ。そうした中で、この先の日本の方向に関する分析はユニークで、愉快だ。姜氏は老人とは何かを考えると、子供と同じように社会の規範からはみ出した者(つまり定年になって非社会人となる)とし、かつて老人は社会の暴走の歯止めになる安全弁と考えられたが、いまの団塊の世代以降が老人になってもそうはならない。

 今後は、権威によりかかるとか保守的だというこれまでのイメージとは違う老人が増え、それは生産や効率性、若さや有用性を中心とするこれまでの社会を変えて行くパワーになると、姜氏は言う。   若い人への注文も姜氏らしくて率直だ。「大いに悩んでほしい。悩み続けて、悩みの果てに突き抜けたら横着になってほしい。そんな新しい破壊力がないと、いまの日本は変わらないし、未来も明るくない」。

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  一方、「自壊する帝国」は、鈴木宗男疑惑で逮捕・起訴され、有罪判決を受け上告中の佐藤優氏が外交官の目でソ連崩壊を描いた大宅賞受賞のノンフィクション作品だ。これも読まず嫌いの本だった。佐藤氏の特異な風貌から、奇をてらった作品ではないかという先入観を持っていた。一読して、それが間違いとすぐに気がついた。深い知識と人との関係構築の妙に、佐藤氏の人物像が一変した。  

 いわゆる外務省のキャリアではない。しかし、どん欲な情報収集力や酒豪ぶり、分析力の鋭さが理解でき、キャリア以上のたくましい外交官が存在していたのだと思った。この中では、ゴルバチョフエリツィンよりも魅力あるサーシャという人物が登場する。サーシャというカリスマ性のある人物が、この作品の面白さを際立たせたと言っても過言ではない。ソ連崩壊や現在のロシアを知るためには、読む価値のある本だといえる。