小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

335 中欧の旅(9) 終わりからの旅(辻井喬著)

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 今回の中欧の旅は、成田からロンドンを経由してベルリンに入り、帰りはブタペストからロンドン経由で成田に帰るという長時間飛行を余儀なくされるものだった。 片道約14時間、この時間をどう過ごすか考えた。機内の映画を見るのもいいが、見たいものがなかったら、どうしようもない。そんなことを思い、私の旅の友である「文庫本」を持った。

 なるべく分厚い本だ。内容は別にして、長編の方が時間を持て余すことがなく、機内を送ることができると思ったからだ。 案の定、映画はろくなものがなかった。そのために分厚い本2冊のうち、行きはモンゴメリの「赤毛のアン」の村岡花子訳をじっくりと読んだ。

 もう何度目かは忘れたが、繰り返しても飽きない本であることを確認した。エッセイストの酒井順子さんも週刊文春の私の読書日記で「この本を読まずに大人になって初めて読んでみたら、これが面白い。子ども時代に読んだら、もしかするとアンに対して反発したかもしれないが、大人になった今読むと、素直にアンの幸福を願うことができるのだ」と書いている。村岡花子については、孫の村岡恵理さんが書いた「アンのゆりかご 村岡花子の生涯」という本が出ている。

 さて、帰りの方は、時差の関係でけっこう早く睡眠の時間がやってきて、一冊を読破するのは困難だった。それでも最後の少しを残して、大部分の頁を消化した。辻井喬朝日新聞に連載した「終わりからの旅」(朝日文庫)である。

 この作品の背景には「戦争」という影がある。異母兄弟の兄の方は学徒動員で従軍し、捕虜体験をし、戦後商社マンを経てサンドイッチのチェーン店を展開する実業家として成功する。一方異母弟は新聞社の社会部記者だ。太平洋戦争時代に、単身赴任していた父と彼を生んだ母は、空襲の時に知り合い、結ばれる。戦後生まれの異母弟は成長して新聞記者となるが、50代になってライフワークとして芸術家としての道半ばに戦場に散った若者たちの記録をまとめようと動き始めている。

 2人は青年時代、一生をともにしようと考えた恋人がいた。兄はリトアニアからアメリカに亡命した女性であり、弟は元軍人で、死の床に就く父を看病する銀行員の女性だ。しかし、2人の女性はそれぞれに兄弟の前から姿を消してしまう。その理由は複雑だ。数十年が経過し、兄弟は終始忘れることができない相手を探し、行動を起こすのだ。 どのような結末になるか、ここでは書かない。

 しかし、2人の歩んだ道は、戦後を生きてきた私たちに共通するものが多く、自分の歴史を読むような錯覚さえ感じてしまった。辻井は、言うまでもなく作家としての顔に加え、少し前までは堤清二というセゾングループを率いる実業家だった。だから、異母兄の仕事ぶりは、堤氏自身の実業家として生き方がモデルになっているのかもしれない。

 少しだけ結末に対する感想を書く。この作品を読んだ女性読者はどう受け止めるかと少し心配になった。とりわけ、新聞記者である異母弟の行動は、男性の視点からは納得が行くにしても、女性から見ると、身勝手と映るのではないか。そうは言っても、辻井の社会を見る目の確かさを感じる作品であり、この本を抱えて旅を終えるのはいいことだと思った。

 中欧を舞台にした小説の中で春江一也の「プラハの春」は、人気が高い。友人は私の旅行先にプラハがあると知ってもう一度読みたいと連絡をくれたし、今回の旅行で一緒だったあるご夫妻は、この本を読んで次の旅行先として中欧を選んだのだそうだ。プラハはそれだけ魅力がある街なのだろう。では、終わりからの旅のリトアニアはどうなのだろうか。