小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

526 遥かなりラオス(7)完 600キロの深夜バスの世界

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作家の沢木耕太郎がバスを使って、香港からユーラシア大陸を横断したのは26歳の時だった。その旅行記は「深夜特急」という名著になり、いまも若者の心をとらえ続ける。ラオスで600キロの距離を深夜バスに乗り、車窓から夜空の星を眺める稀な時間を送った。揺れとエンジン音でなかなか寝付かれない時間、沢木の若き日の旅を思った。 ラオスの首都ビエンチャンと南部の大都市パクセ間は、ふだんなら飛行機を利用する。約600キロ。日本なら東京と大阪の距離だ。飛行機なら1時間程度で行くことができるが、運悪くパクセの飛行場は滑走路の工事中ということで、閉鎖になっていた。その代替えとして、やむなく深夜バスに乗ることにしたのだ。
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ラオスは鉄道がない。ビエンチャンとパクセや旧市街地が世界遺産に指定されている北部のルアンパバンという大きな都市の間には空路があるが、このほかは車かオートバイが頼りだ。ビエンチャンの郊外にある学校に行くのに、ノンちゃんの四駆に乗り、途中でバイクの後ろに乗りかえ、川の前で降りて渡し舟に乗り、その後は耕運機の荷台に乗って目的地に向かったことがある。さらに、別の学校に行くのに、30分以上バイクの後ろでひやひやしたこともあった。ぬかるんだ道で、バイクが転倒しないかハラハラしていたが、バイクの若者たちは運転がうまく、どのバイクも事故を起こすことはなかった。
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ビエンチャンからパクセに向かうバスに乗るため、夜、バスターミナルに向かった。市内の中心部から車で約30分も離れた郊外になぜかバスターミナルがある。途中、幹線道路わきの歩道で人生占いの若い女性たちが机を並べている光景が見えた。その数はゆうに100人は下らない。自分の未来を占ってもらいたい人たちが大勢いるからこそ、こうした商売が成り立つのだろう。(追加。コメントにある通り、くじ売りが正しいようだ。それにしても、みんな若い女性だ。その方が売れるのだろうか) 9月とはいえ、バスターミナルは蒸し暑い。いろいろな方面に向かう人で、椅子はほぼ埋まっている。午後8時35分の発車15分前、バスへの乗車が始まった。AEFAが用意してくれたチケットは2人分だった。バスの中に入ってその理由が分かった。バスは1階と2階に別れているが、いずれも座席は横になれるようダブルベッド式になっており、2つの枕と2枚の上掛けが置いてある。通常なら、このダブルベッドを2人で利用するというわけだ。 夫婦や恋人ならまだしも、赤の他人同士でここを使うのはちゅうちょせざるを得ない。そこで、ぜいたくでもそれぞれ1つのベッドに1人で寝ることができるようにと、わざわざ2人分の費用を出したのだった。若き日の沢木なら、もちろんこんなことはしなかっただろう。座席に入ると、2本のミネラルウォーターがあり、朝食の弁当(チャーハン)も2人分配られた。バスに乗り込みほっとしていた時、実は2階の座席で問題が発生していた。翌朝、パクセに着いてから聞いた話だが、発車間際に中年のラオス人とみられる男が駆け込んできて2階に乗り込み、女性の金子さんの座席に当然のように入り込み、上掛けをかぶってさっさと寝てしまったというのである。
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あぜんとする金子さん。バスは発車してしまって、係員に文句も言えない。男がチケットを持っているかどうか確認することも、ここは私専用だと注意するのも気が引ける。困った顔の金子さんを見て、通路を挟んで反対側のおばさんが「こちらに来なさい」と声をかけてくれた。おばさんも1人で2人分の席を確保していた。金子さんはそれに甘えて、おばさんの席に移った。お互い体が小柄だったので、朝まで問題なく過ごすことができたという。男の方は、金子さんの席を独り占めできたわけだから、大満足だっただろう。
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そんなことは知らずに、私は深夜バスの窓からラオスの夜空を眺め続けた。星がきらめいている。じっくり星空を見る機会など日本にいたらできなかった。飛行機がだめになったお陰でラオスの星を堪能したのだった。道路には街灯はなく、バスはラオスの闇の中を進んで行く。数時間して稲光が見え始め、星空は消えた。いま、何時だろう。バスが止まった。時計は午前1時15分。トイレタイムだ。そこはドライブインというのだろうか。土産物や食料品を売る店が立ち並んでいる。バスが止まったすぐ近くでは、おじさんがスルメを焼いている。わきに小さな男の子もいる。商売に時間は関係ないのだ。ほかでもスルメを売っている店が多い。輸入したイカをスルメにしているらしい。おばさんが「買っていけ」と声を掛けるが、だれも買う人はいない。 20分近い休憩をとったバスは、パクセ目指して走り続ける。道路状況が悪いのか、時々大きな揺れがあって眠りを妨げられる。5時半、東の空が赤くなり、ラオスの夜明けがやってきた。それから1時間5分後の6時35分、パクセのバスターミナルに到着した。ビエンチャンを出発してからちょうど10時間が過ぎていた。 大勢の男たちがバスを取り囲んで、バスから降りる人たちに声を掛けている。荷物を運んで、金を稼ごうとする人たちらしい。その人たちの中からノンちゃんが姿を現した。それが、スーパーウーマンであり、ペコちゃんことノンちゃんとの出会いだった。ノンちゃんは、深夜バスで疲れた顔の谷川さんを見て、あとで金子さんに「タニさん(ノンちゃんンは谷川さんをこう呼んでいる)は、機嫌が悪そうだね」と、そおっと聞いたそうだ。長時間深夜バスに揺られた人々は、みんなが疲れた顔をしていた。それでノンちゃんは誤解したようだ。 そんな疲れも、パクセの青い空を見上げると、吹き飛んでしまった。その時、私は思っていた。これからどんな出会いや出来事が待っているのだろうかと。その思い以上に、鮮烈な体験をする日々がそれから始まったのだった。(完)