小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

441 笠間の人々 迷犬hanaのつぶやき

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 世間ではゴールデンウイークという連続した休みが続いています。ふだん家にいないお父さんがこのところ、毎日私の相手をしてくれます。朝だけでなく夕方の散歩も付き合ってくれますが、夕方はやや苦痛です。

 ママ(この家では、なぜかお父さんとママという呼び方をしています)は、私の言うことを何でも聞いてくれるので散歩も楽しいのですが、お父さんはそれを許さず、私が行きたい方向に向かうとするとすごい力でリードを引っ張るのです。

 でも、きのうは楽しい一日を送ることができました。お父さんの運転する車で茨城県笠間市まで行ったからです。私は車に乗るのがうれしくてしようがないのです。後ろの座席に乗って、窓から体半分を出して、外を見るのが癖になっています。お父さんは「暴走族みたいだ。やめなさい」と注意しますが、なかなかやめられません。

 この日は、ママと私の一番好きなさくらちゃんが一緒でした。笠間は焼き物の街です。毎年連休に陶炎祭という焼き物市が、市の郊外にある芸術の森公園で開かれているのです。ことしで28回目だとお父さんはママに話していました。私の家族はこの祭りに最初のころからほとんど行っているそうです。

 6歳の私もこの祭りに行くのは5回目になります。 公園のイベント広場が会場なのですが、陶器を売る店が年々増えています。買い物客も多くなりました。人でごった返す会場に私も一緒に行くのですが、リードを持つのはお父さんです。ふだん、こんな大勢の人を見たことがない私は、つい興奮してお父さんを引っ張るように歩きます。

 お父さんは私の力に負けないようリードを腰に巻いて歩きます。それにはかなわず、私は仕方なく大人しい犬のふりをして歩調を合わせます。人ごみに疲れた私を見た家族は順番で日陰に入って私を休憩させました。最初はさくらちゃんが担当です。ママとお父さんが店をのぞいている間、さくらちゃんは文庫本を読みながら、私の頭を撫でてくれました。

 続いてお父さんが替わりました。そこへ母娘らしい2人が来て、私を懐かしそうな顔をして見つめるのです。「うーん、ゴールデンだ。この毛のふさふさ具合がいいのよね」「この犬の方が優しいよね」と2人はしゃべり続けるのです。お父さんとの会話を聞いていると、この2人はやはり母娘で、可愛がっていたゴールデンが14歳で亡くなりました。

 その後でラブラドールレトリーバーを飼ったのですが、とてもやんちゃだそうです。だから、私を懐かしんでくれたようで、2人はけっこう長い間体を撫でてくれ、別れるのも辛そうでした。 この後、もう1組の家族(女性2人と男性1人)も私を見ると駆け寄ってきました。「触っていいですか」と聞いて、お父さんの了解をもらうと女性2人は抱きつくように私に近づきました。

 私が尻尾を振ると、2人はうれしそうに私の体に触るのです。男性もニコニコしながら近づき、そうっと私に触れました。女性は私の名前を聞くと「hanaちゃん」と、興奮気味に声を掛けてくれました。この人たちの家でもゴールデンを飼っていたそうですが、10歳の誕生日を目前にしてがんで死んでしまったそうです。

「hana」という名前はこの犬と同じ名前だったようです。この家族は、私を見て自分の家のhanaを思い出したのでしょうか。先ほどの2人の女性以上に私を抱きしめてくれたのです。別れるとき、彼女たちは「hanaちゃーん」と呼んでくれました。私はうれしくなりました。人ごみは嫌いですが、ゴールデンレトリーバーを愛してくれる人たちがこんなにいることを知ったからです。

 でも、子どもはやはり苦手ですね。お父さんと日陰で休んでいたら、小学生くらいの子どもたちがやってきました。女の子が4人と男の子が1人でした。女の子は体を触っても優しいので我慢できました。でも、男の子はしつこいのです。お腹の方まで何回も触るので、嫌になった私は威嚇するため、低い声で「うー、ワン」と吼えました。

 びっくりした男の子は後ずさりしながらも、私の尻尾の先を踏んでいました。お父さんは小さな声で「何てやつだ」と言い、にらんでいました。 そんな人間との接触で、私は帰りの車で疲れ切ってうとうとしていました。隣には大好きなさくらちゃんが眠っています。

 私の頭はいつの間にかさくらちゃんのひざの上に乗っていました。それは、私にはとても大事な時間でした。お父さんとママは、新型インフルエンザのニュースを聞きながら「世界的な大流行にならなければいいよね」「日本で感染者が出るのは時間の問題なのかな」などと話しています。ニワトリや豚からインフルエンザが人間に移る時代です。私たち犬は大丈夫なのでしょうか。