小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

397 醜態大臣よさらば アルコールの功罪

  こんなことを書くのもばからしくなるくらい、財務大臣を辞任した中川昭一氏のG7後の記者会見はひどすぎた。だから、同じ自民党からさえも、同情の声はない。中川氏の醜態を映すテレビを見ながら、2007年の赤木徳彦元農水相のバンソコウ会見事件を思い出した。同じ構図である。

  赤木氏は事務所費問題が報道され、注目が集まっていた2007年7月17日の定例閣議後の記者会見に額と頬に白く巨大なガーゼとバンソウを貼り、無精ひげをはやして登場した。

 記者たちの質問に対し「大したことじゃない」「何でもない」を連発した結果、事務所費問題に続いて誠実な回答をしなかったと、その姿勢が批判され、参院選での自民党が大敗した原因をつくった一人といわれた。

  その醜態は今回の中川氏とそっくりだった。まるで、2人とも体だけが大きくなった子どもと同じみたいなのだ。(中川氏のように子どもは酒を飲まないから、そうした失敗はないが)

  古来、人間には酒は付き物だ。忌憚のない話をするには、酒は潤滑油的な役割を果たす。互いに打ち解け、本音を話すことができるようになる効力がある。万葉集大伴旅人は「あな醜(みにく) 賢(さか)しらをすと 酒飲まぬ人をよく見ば 猿にかも似る」(ああ見苦しい。利口ぶって酒を飲まない人の顔をよくよくみたら、猿に似ているよ)という歌を書いた。酒を前向きに考えた短歌だと思う。

  一方で、酒にまつわる失敗談は枚挙にいとまがない。つい、気が大きくなって大言壮語を吐くなんてことはかわいいものだ。大酒を飲んで自分を失ってしまう人も少なくない。昨年末亡くなった人生の先輩は、かつてアルコール中毒だった。

  酒を中心に動いた時期もあった。アルコールを克服するには大変な精神力、周囲の協力が必要だった。中川氏も今回の失敗を教訓に、アルコールに依存する体質を克服すべきだろう。

  ここまで書いてきて、大酒を飲んだ後、温泉に入ってそのまま亡くなった友人を思い出した。愉快で寂しがりやで、面白い人物だった。彼もアルコールにストレスのはけ口を求めてしまい、人生の終焉もアルコールがつくった。それほどアルコールは功罪が大きいのだ。

  未曾有の経済危機が進行する中で、中川氏のように自分の弱さで重要な職責を離れる人もいる。彼の政治生命もこれでほぼ尽きたのではないかと思われる。経済危機に対する認識の弱さを露呈し、全世界から失笑を買ったからだ。彼も二世議員だった。

  それにしてもG7で中川氏に同行し、一緒に酒を飲み、さらにあの醜態会見に出て、おかしな様子について何も指摘しなかった記者たちは中川氏と同罪だ。権力者にへつらう忌むべき存在だといっていい。