かつてタクシーを使い深夜帰宅するシフト制職場に勤務したことがある。夜中の2時過ぎ、もちろん電車はもう走っていない。同じ個人タクシーに何度も乗ったが、いま問題になっているような「居酒屋タクシー」に出会ったことはない。昨今の報道を見て、まるで漫画みたいでばかばかしくなった。中央官庁の深夜タクシー問題のことである。
中央官庁の役人のタクシーを使った深夜帰宅が常態化しているのは昔からのことで、いまさら驚くことはない。以前、大蔵省(今の財務省)の役人たちが、他の省庁から接待を受けていたことが問題になったことがある。当時、大蔵省の官僚たちは、夕方になると、玄関前に横付けされたハイヤーに乗り込み、赤坂あたりの料亭に繰り出し、他省庁の役人と懇談する。もちろん費用は他の省庁持ちだ。大蔵の官僚たちは、「例の予算をよろしく」と頼まれて接待を受けたあと、ご苦労にも役所に戻り、また仕事をして深夜に帰るというパターンだ。
これが発覚すると、夕方大蔵省前に並んでいた黒塗りの車の姿はなくなった。しかし、役人たちの深夜帰宅は、そのままになっていて、今度は居酒屋タクシー騒動というわけだ。報道によると、財務省では深夜タクシーからビールやつまみだけでなく、ビール券、商品券、あるいは現金やクオカードを受け取っていた職員が何と383人もいたそうだ。同じように、他の省庁でも多くの職員がタクシーから金品を受け取っていたという。
想像するだけでも心が寒くなる。特権にあぐらをかいているとしか言いようがない。タクシーからすると、上得意のお客なのでサービスのつもりなのだろうか。後部座席でふんぞり返って、ビールを飲む姿は、時事風刺漫画にピッタリの題材だ。民間にいる私も周囲の友人たちもそんな体験はない。やはり役人向けの特別待遇であり、日本は「役人天国」なのだろう。これだけ騒がれると、居酒屋タクシーを含めたこうした慣習は消えることになり、これまで恩恵を被っていた役人たちはタクシー運転手に「騒ぎすぎだ」と愚痴をこぼしているはずだ。
しかし、これは役得を通り越し、汚職へと進みかねない土壌が霞ヶ関の中に存在することを示しているのだ。役人が腐敗した結果、学校をはじめ多くの建物が手抜き工事で倒壊、児童や住民に大きな損害を与えた中国の四川大地震の例は、決して対岸の火事ではない。