小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

404 若い画家とオペラ歌手家田紀子さん 優雅な時間

画像
詩人の飯島正治さんには、画家になった誠さんという自慢(私の想像だが)の息子がいる。その誠さんが京橋の画廊で「記憶と光彩」という個展を開いた。 2月の終わりの夕方、画廊に向かった。ほっそりとした青年が1人、画廊に立っている。どことなく父親の正治さんと雰囲気が似ているなと思い、声をかけると誠さんだった。 外は冷雨が降っている。午前中はぼたん雪が舞っていた。寒さをこらえて画廊の中に一歩足を踏み入れると、そこは春のそよ風に頬をなでられるような空間が広がり、気持ちが落ち着いた。 琵琶湖や日本海、小さな小屋など、日本の風景を丁寧に描いた作品が展示されている。サムホール判の小さな作品から50号までのどれもが誠さんの心象風景を描き出している。強烈さはない。淡い色彩からこの画家の心の優しさが伝わる。 会場で誠さんにあれこれ質問しながら、作品を鑑賞していると雰囲気のある1人の女性が入ってきた。彼女と誠さんは懐かしそうに話をしている。旧知の人らしい。鑑賞を終えてあいさつをする。ソプラノ歌手の家田紀子さんだった。藤原歌劇団プリマドンナだ。 家田さんの話が面白かった。私が鮫島由美子さんは急に太りましたねと、不躾な質問をすると、家田さんは「オペラ歌手は歌ったあとで、達成感に満たされると同時におなかがすごくすいてしまうの」と話し出した。 その結果、食事がおいしくて、もりもり食べてしまうというのだ。なるほど、そうかと感心した。さらに、知人が最近オペラ教室に入って発表会をやりましたというと、「いまオペラもアマチュアとプロの垣根がない時代なのです。アマチュアの人たちの歌も素晴らしいですよ」と話してくれた。 家田さんはアマチュアの指導にも力を入れているという。以前から知り合いの1人が彼女の教え子と聞いて、人生は不思議な縁で結ばれているのだと思った。 心が落ち着く絵に囲まれながら家田さんの美しく、明瞭な発音でオペラの話を聞き、誠さんの笑顔に接したこの日の夕方は、まさに優雅で優しい時間だった。絵画や音楽という芸術は私にとって憧れの世界である。そうした世界に少しは浸り、世俗的なことは忘れるひと時をもつことが人生には大事なのだと痛感する。 飯島誠展 3月3日まで。東京都中央区京橋2-6-8仲通りビル1F。飯島誠さんは1977年埼玉県生まれ。米国の州立オレゴン大学芸術学部卒業。今回の個展の説明には「風景の中の深みある詩情と光彩を落ち着いた色彩で描いた新作油絵30余点を展示します」とあった。