小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

55 藤沢周平未刊行初期短篇 荒削りな魅力

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「幻の短篇 書庫の片隅に眠っていた 無名時代の未刊行作品14篇。40年の時を経て今、甦る」と、帯に書いてある。

一部の作品を除いて、江戸時代を舞台にした時代小説の短篇集だ。読み終えて、荒削りだが、後年の藤沢作品を彷彿させる筆使いだという印象を持った。

解説には「助走」という表現が使われているが、言い得て妙だなと思う。

助走という言葉は、陸上競技走り幅跳び三段跳び、棒・走り高跳びなど、実際に跳躍する際に勢いをつけるために走ることを言う。

藤沢周平は「時代小説」の第一人者として大成するが、それまでの助走時代の習作ともいえる作品が今度出版された短篇集なのだ。

そのために、藤沢周平は自分の存命中の出版をためらったのではないかと思われる。これが、どういう理由で出版されることになったかは知らない。

しかし、この作品を初めての藤沢周平作品として読んだ読者の評価はどうだろうか。評価する、しないが相半ばするかもしれないと想像する。

あえて、その具体的な理由はここでは書かない。興味がある方は熟読して、考えてほしいと思う。

いま、山田洋次監督、キムタクこと木村拓哉主演の映画「武士の一分」が全国で上映されている。私も見たが、悪くはない。所々にユーモアを感じられる。しかも全編静かな印象のままに幕が下りたのだ。「静」の映画なのだ。

この映画は、藤沢の「盲目剣谺返し」が原作だ。キムタクの演技がいいと話題になっているが、原作が良かったからこそ、映画ファンを感動させる作品に仕上がったのだ。

死してなお、現代の人びとの心に共鳴する藤沢周平の時代小説。私にとって、山本周五郎とともに忘れてはならない作家である。

藤沢周平の作品には、歌人長塚節の生涯を描いた伝記小説「白き瓶」がある。藤沢の取材力の確かさを感じさせる作品だ。