小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1400 大災害で救助された人間と犬 5万年前からの家族

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 今月10日、北関東を流れる鬼怒川の堤防が茨城県常総市で決壊した。濁流に襲われて街が消える状況を映したテレビ画面は2011年の東日本大震災を想起するものだった。屋根に取り残された年配の夫婦と思われる2人がそれぞれ犬を抱えて、自衛隊のヘリによって救助されるシーンもあった。

 2人にとって、この犬たちは家族と同じ存在だったのだろう。 東日本大震災で避難後家に残した犬を探しに戻って行方不明になった女性の話がいまも頭に残っている。常総の災害で2人とともに2匹の犬が救助されたことに心底、安堵した。

 動物学者のコンラート・ローレンツによれば、人間が犬の飼育を始めたのは5万年前からだという(至誠堂『人、イヌにあう』)。それほど古い付き合いであり、犬を家族として生活している人たちは数多い。

 私も2年前の夏まではその一員だった。飼い犬が死んで2回の夏が過ぎたにもかかわらず飼い犬のことは忘れない。そして大震災の悲劇が蘇るのだ。

 宮城県東松島市のTさん(79)。巨大地震のあと自宅近くのコミュニティセンターに避難したT夫妻は、このあとさらに高台のセンターに避難し、難を逃れる。自宅には7歳になる犬(コーギー)がいたが、慌てていたため犬は置いたままだった。

 2回目の避難所も水かさが増してきて、胸まで水につかる。必死に祈りながらの時間が過ぎていく。水がひき出し落ち着いたTさん周りを見ると、隣のいたはずの奥さんの姿がない。 近くにいた人に聞くと、「奥さんは残した犬が心配なので、家に戻ってみると言って外へ出た」というのだ。

 そのまま奥さんは戻らず、犬の行方も分からないままだった。奥さんにとって、自宅に残してきてしまった犬は危険を冒して探しに行く必要がある大切な家族だったのだ。

 犬は人間にとって大事なパートナーであることが『いつも一緒に 犬と作家の物語』(新潮文庫・作者19人)を読んで痛感する。この作品の「別れのとき」の中で、6人の作家が愛犬との別れをテーマに書いている。

 ラストに掲載されたのは唯川恵さんの、大型犬セントバーナードとの9年余の生活を描いた「約束」というエッセーで、犬が死んだあとの喪失感を以下のように書いている。

「もちろん、覚悟はしていた。していたけれど、やはり喪失感は深かった。しばらくは仕事も手につかず、ただ、ぼんやりと過ごした。ルイ(飼い犬の名前)の定位置だった場所に座って、焼きとうもろこしに似た香ばしい身体のにおいや、押し付けてくるひんやりとした鼻先の感触を思い出し、ため息をついて、そして泣いた。いつも聞こえていたルイの鼻息と鼾が聞こえなくなって、家の中はこんなに静かだったのか、と驚きながら、また泣いた」

 唯川さんは、ルイを飼うとき、ルイよりは先に死なないと誓ったという。ルイを失う悲しみと同じものをルイに味わいさせたくない、ルイより長生きし、あなたを見送ってあげる―という約束を守ることができたことに安堵したと結んでいる。

 いま、私も同様の思いを抱いている。常総市の飼い主と犬は、幸いにも大災害を耐え抜き、別れの悲しみを味わうことはなかった。あの家族に笑顔(犬も笑うらしい)が戻る日がくることを祈りたい。

 写真 秋の彼岸が近づいた。彼岸花が咲き始めた。

 お知らせ 2006年9月から始めたこのブログが1400回を迎えました。これからもお付き合いをお願いします。遊歩