小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1021 トルコの小さな物語(4) 子どものころの夢が実現した気球周遊

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 カッパドキアに入り、2つの海外映画「80日間世界一周」(1956年・アメリカ)、「素晴らしい風船旅行」(1960年・フランス)、を思い出した。いずれも古い映画だが、いまでも鮮烈な印象を持っている。この映画を見た子どものころ、いつかは気球に乗りたいと思った。それは映画を見た人の共通の感想ではなかったか。

 トルコの旅のちょうど中間、中部アナトリアの高原地帯にある世界遺産カッパドキアで子どものころの夢が実現した。 画像カッパドキアの前に、同じ世界遺産のバムッカレ石灰棚を見た。

「綿の城」という意味の通り、石灰棚に温泉水が流れる景観は白い綿を敷き詰めたようであり、あるいは氷河がそこにあるのかと錯覚さえしてしまう。裸足になって棚に入ると犬が戯れていて、こちらに寄ってくる。足を滑らせないように気をつけながらそろそろ歩き景観を楽しむ。水と岩の感覚は独特で忘れ難い。

 石灰棚入り口付近にある温水プールでは、水着姿の人たちが気持ちよさそうに浸っていて、地球の紛争地域とは別の世界のようだ。画像 カッパドキアはテレビの旅番組で紹介されることが多い。そのキノコのような岩など奇岩群を実際に目にすると、自然の驚異を感じざるを得なかった。そして、こう思った。

 バムッカレ石灰棚とカッパドキアを見なければトルコに行った意味がないと。付け加えれば、気球である。気球に乗らなければ、まさに画竜点睛という感じなのだ。 映画の「80日間世界一周」は、フランスのジュール・ヴェルヌの同名の小説を映画化した。

 原作には気球は出てこないが、なぜか映画では最初の移動手段として気球が登場した。この映画の4年後に制作された「素晴らしい風船旅行」は、アルベール・ラモリスがメガホンを取った映画で、発明家と孫が気球に乗って冒険する話だ。空を飛ぶことが大好きだったラモリスは、このあと空を舞台にした映画を撮影中にヘリコプター事故で亡くなるという、

 後日談もある。画像 人は高い所に憧れる。日本の戦後の象徴ともいうべき東京タワー(332・6メートル)、そしてことしオープンした東京スカイツリー(634メートル)は、東京の人気スポットだ。カッパドキアで気球(熱気球)がいつごろからブームになったのか知らないが、高所恐怖症の人を除いて気球に乗りたいという希望者は圧倒的に多く、2009年5月、英国人を乗せた気球が高度200メートルから墜落、1人が死亡し、パイロットを含む10人が重軽傷を負う事故があったにもかかわらず、いまもそのブームは続いているようだ。  

事故は、他の気球のバスケットが風のために墜落した気球に接触し、気球に穴をあけたのが原因といわれる。数十もの気球が乱舞する光景は壮観だが、風が吹けば接触事故を起こす恐れもあり、日本の旅行会社の多くは気球周遊のオプションを取りやめた。私たちの場合も、「離団証明書」にサインしたうえでの条件付き周遊だった。

 事故から3年、夜明け前の気球運営会社の事務所は乗り込みを待つ国際色にあふれる人でごったがえし、同じソファーにはブラジルから来たという高齢者たちがバスを待っていた。画像 この朝、私たちは5時前に起きた。5時半にはバスでホテルを出、気球の会社事務所でパンをもらって食べてから高台に向かった。6時半になり、ようやく白々と夜が明けてくると、22人が乗った気球は元気のよさそうなパイロットがバーナーの火を出したり、止めたりして夜明けの空に舞い上がった。

 風はなく、他の気球と接触する心配もない。滞空時間は約55分。最高高度は500メートル。奇岩すれすれまで降り、さらに街の上空を越え、飛び続ける。早朝のひんやりとした空気の中、カッパドキアの壮大なパノラマをカメラの収める人たちの顔は幸せそうに見える。みんな童心に戻ったに違いない。一人、スケッチブックに向かうMさんは、色鉛筆を使う手が忙しく動いている。(続く) (風と雨 造った傑作 岩の街)