小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

921 五輪で韓国に勝てないのはなぜなのか 映画・マイウェイで理解した背景

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「真実を基に作られたマイウェイの世界」と映画のパンフには書かれてある。第二次世界大戦の大きな分岐点になった連合軍のノルマンディ上陸作戦後、一人の東洋人が捕虜として連合軍の尋問を受ける写真が残っていた。

 この映画はこの東洋人捕虜という「事実」をヒントに、1930年代から第二次大戦まで、日本軍、旧ソ連軍、ドイツ軍の兵士として戦い抜く2人の男を描いた物語である。 この映画を見て、日本はなぜオリンピックのメダル争いで韓国に勝てないかを理解した。

 映画でも紹介されるが、1936年のベルリン五輪のマラソン孫基禎が優勝した。当時、朝鮮半島は日本が統治しており、孫は日本代表として出場した。映画の2人の主役、日本人の長谷川辰雄(オダギリジョー)と韓国人のキム・ジュンシク(チャン・ドンコン)は、孫と同様、マラソンで五輪に出ることを夢を持ち、子どものころから走る上でのライバルだった。

 その2人は、時代の波にのまれて戦場で出会い、行動をともにする。 韓国映画はそう多くは見ていないが、「シュリ」と「ブラザーフッド」はなぜか印象が強く残っている。カン・ジュギュという韓国では巨匠といわれる監督の作品で、今回も彼がメガフォンを取った。

 先月、日本の映画で別所広司主演の「山本五十六」を見た。いまの時期に山本五十六を取り上げるのは、日本にリーダーがいないからだろうか。それにしても心に迫るものがない。この映画に比べたら韓国映画は格段に迫力があり、眠気を催さない。マイウェイは、ラスト近くで驚かされる展開がある。

 映画は冒頭、1948年のロンドン五輪の男子マラソンで競技場近くから韓国選手が猛烈に追い上げる場面を映し出す。この五輪には日本は参加できなかったが、韓国は米国の推薦で出場、マラソンは有望種目といわれた。しかし、結果は20以内に入ることはできなかったというのが事実である。

孫基禎の自伝、ああ月桂冠に涙によれば、ロンドン五輪前年のボストンマラソンで、韓国の徐潤福選手が優勝し、ロンドンでの金メダル獲得が期待されたが、出場した3選手のうち最高が25位、徐選手は27位、もう一人は途中棄権と惨敗した。しかしその翌々年のボストンマラソンでは、韓国選手が1、2、3位を独占している)

 日本統治、太平洋戦争の終結朝鮮戦争を経て韓国は豊かになり、スポーツでも日本を凌駕する勢いを持つようになった。ラストの展開(これから見ようとする人のためにここでは書かない)は、そうした韓国の余裕を示すものだと思った。