小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

245 背伸びした少年時代「ライ麦畑でつかまえて」

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 不可思議というのか、作者は何を言いたいのか理解しにくい作品がJ.D.サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」(白水ブックス、野崎孝訳、The Catcher in the Rye)だ。昔読んだものをあらためて読み返す。

 1951年の作品だが、背伸びした少年の姿はいまとあまり変わらない。 大人への反抗、アルコールやタバコの乱用、女性への憧れ、周囲の人間とのあつれき…。少年が持つ要素をほとんど取り入れている。 成績が悪く、3校目の学校も退学が決まった少年が寮を飛び出し、家に帰るまでのわずか3日間、ニューヨークの町をうろつく話だ。

 ブロークンともいえるわざと乱暴にした語り口の記述が少年の背伸びスタイルをよけいに強調していると感じた。そんな少年でも、妹は可愛い。 その妹との会話で「ライ麦畑でつかまえて」のせりふが出るのだ。妹に「『それはライ麦畑で会うならば』っていうのよ」と注意される。さらに「あれは詩なのよ。ロバート・バーンズの」と教えられる。

 ここで登場するロバート・バーンズ(1759-1796)は、スコットランドの国民的詩人といわれ「ライ麦畑で会うならば」は、スコットランド民謡にバーンズが詩をつけ世界的有名な歌になった。 日本では大和田建樹が作詞し「夕空はれて秋風吹き」の「故郷の空」で知られている。

 バーンズは同じスコットランド民謡「蛍の光」の詩も書いており、日本では稲垣千頴が作詞し、卒業式や別れの式典では必ず演奏される名曲だ。 若者は権威や体制に嫌悪感を抱くのが特徴だ。いまの日本の若者は、そうしたこれまでの若者像とはやや異なる印象が強いが、この作品の主人公は反抗期そのものの生き方を貫く。それが若者の特権のようにさえ振る舞う。

 それゆえに、この作品は不穏な気持ちを抱く人間のバイブルのように受け取られた時期もあった。ビートルズジョン・レノン暗殺犯やレーガン米大統領の暗殺を謀った(未遂)男がこの作品の愛読者だったという。 主人公と同じ少年時代を振り返る。主人公ほどではないが、私も同じように背伸びをしていたと思う。でも、そんな時代が懐かしい。 同じ小説が村上春樹の翻訳で出版されたことを最近知った。野崎訳とどう違うか、読み比べてみたい。