小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

165 小説から学ぶ人間の根源 アフリカの瞳 わたしを離さないで

 全く分野が異なる2つの小説を読んだ。アフリカを舞台に、日本人医師がエイズと闘う小説『アフリカの瞳』(帚木 蓬生 著)と、臓器を提供するために生まれてきたクローン人間の青春を描いた『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ著・翻訳本)である。

 2つの作品を読んで、人間の命のはかなさにあらためて気づかされた。命のもろさ、そして悲しみも同時に感じた。前者は絶望的な状況にあっても、明日を信じ る人々の姿がとても心に迫るし、後者は制約された生き方しかできない人間の虚無感が伝わり、科学とは何かを考えさせられた。

 日本ではエイズについて昨今あまり報道はされない。しかし、アフリカを中心に多くの途上国では、エイズは国の将来を危うくする病気になっているのである。 先進国、特に米国の薬品企業は、エイズの治療薬を製造し巨大な利益を得ている。「アフリカの瞳」は、この分野の薬開発をめぐる陰謀、国のエイズ対策の誤りに対し、闘いを挑む日本人医師と現地出身の妻を中心にした感動的な物語だ。

 いま、エイズはアフリカが一番猛威を振るっている。しかし、作者はこの後アジアに移り、中国とインドという2大人口大国がエイズによって、深刻な事態になる恐れがあると予測する。 それは、日本にとっても対岸の火事として無視はできない状況になるだろう。両国の為政者が、こうした指摘にどこまで真剣に耳を傾けているのか知らない。

 クローンはもともと挿し木という意味で植物の増やし方からいつしか動物にまで及ぶようになった。同一の起源で均一な遺伝情報を持つ核酸、細胞、個体の集団というから、人間に当てはめるとコピー人間なのだ。 クローンの技術でイギリスは最先端を走っていると思われる。クローン羊が生まれたと話題になったことを多くの人は記憶しているはずだ。

 英国在住の日系作家であるカズオ・イシグロの「わたしを離さないで」は、単なる小説の世界と簡単に割り切ることはできない意味を持つ。 臓器提供のために生まれ、成人に達した後は幾つかの臓器を人間に提供して役割を終える(死んでいく)クーロン人間。イシグロは、その特異な人間模様を友情、恋を交えてたんたんと綴っていく。 2つの作品は強いタッチ(アフリカの瞳)と柔らかなタッチ(わたしを離さないで)という違いはあるものの、「人間の生の根源」という共通のテーマがあり、幅広く読んでほしい作品といえる。

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