小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

79 ストラドとデル・ジェス バイオリンの名器を聴く

 一夜、バイオリンの名器のライバルといわれる「ストラディバリウス」と「グアルネリ・デル・ジェス」の弾き比べを聴く機会があった。弾き手は、パガニーニ国際コンクールで最高位を受賞した渡辺玲子。ピアノ伴奏は売り出し中の江口玲。2つの名器は、前者が繊細さ、後者がパワーと主催者が説明していたが、私には音の違いは全く分からなかった。

  演奏に使われたバイオリンは、ストラド、デル・ジェスとも1736年製の「ムンツ」と呼ばれる。イギリスの収集家のムンツが一時所有していたため、このような名前がついたそうだ。下世話にいうと、両方で10億円はするのではないか。

  渡辺は、バッハの「無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ」の一部と、シューマンブラームスシューマンの弟子の3人の共作「F・A・Eソナタ ハ短調」の一部をそれぞれ2つのバイオリンを使って弾き比べをした。

  事前に、主催者の説明があったので、「うーん、こちらは繊細な響きだ。それに比べるとこっちは迫力があるな」と、勝手に思いながら聴いていた。

  その後は、デル・ジェスが使われた。渡辺はクライスラーのポピュラーな「愛の喜び」「愛の哀しみ」やワックスマン、ラベルの曲を力強く弾いていく。それはぜいたくな時間だった。演奏が終わるのが惜しいと感じた。演奏の途中、弓の部分の一部が切れているのが見えた。大丈夫かとはらはらしていたが、曲の合間に渡辺は切れた部分を引きちぎり、あらためて弓に松脂を塗る余裕があった。

  ちなみに弓の構造は、弾力のある湾曲した木製スティックに、馬の尾の毛が平たく張ってある。この毛に松脂を塗って摩擦を強くし、これで弦の上をこするとバイオリンから音が出る仕組みだ。この弓自体、高級なものは数百万円もするという。

  芸術とは、このようにお金のかかるものなのだ。それでも美しい音楽は、あとあとまで余韻があり、乾いた心に潤いを戻してくれるのである。