小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1106 村上本はなぜ売れる 居酒屋談義2 「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

画像村上春樹の新刊本「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」が発売から1週間で100万部を超えたそうだ。発売元の文藝春秋は笑いが止まらないだろう。社員は夏のボーナス増を期待しているのではないか。一方、「1Q84」など多くの村上本を出している新潮社は、残念無念の思いで今回の村上本騒動を見ていることと想像する。行きつけの居酒屋で、中年のサラリーマン2人が新しい本を話題にビールを飲んでいた。「1Q84」の時もそうだったが、村上春樹の新刊本は社会現象になるようだ。以下、2人の会話。 A アベノミクスとは関係なく、村上春樹の新しい本が売れているそうだね。発売してからあっという間に100万部が売れたというのだから、すごいとしか言いようがないね。うちなんかテレビ事業の不振で給料は下がり、夏のボーナスも期待できない。カミさんからぼやかれ通しなんだよ。 B こちらも同じ。円安で私が勤めている食品会社は赤字続きさ。たまには君に会って酒を飲みたいが、小遣いが少なくなるので今度はいつ会えるかな。村上春樹といえば、新聞を見ていたら、彼の作品をこれまで評価していなかった作家が、今度の小説をかなりほめているね。村上ファンの娘に聞いたら、かなり面白いというんだ。この本の題名にも使われた、リストの「巡礼の年」というCDもバカ売れらしいよ。 A 私は、小説を読むのは時間の無駄と思っているから、若い人たちがなぜ村上春樹に飛びつくのか理解できない。一種のファッションのようなものなのかな。 B 以前、娘を「村上春樹を読むのはファッションと同じか」とからかったら怒られたよ。でも、フィーリングが合うと言ってたな。それが合わない人も少なくないようだね。作家で詩人の松浦寿輝は、「村上春樹の作品には歯の浮くようなスノップ(知識・教養をひけらかす見栄張り)な会話や、無用に気取った比喩があり、げんなりし意気阻喪する」と、書いている。ただ、今回の小説には「気取った比喩がほとんどないのがありがたい」とも指摘していたな。 A なるほど、私には彼の小説は感覚的に合わないな。小説は読まないから関係ないか。 B でも、松浦は今度の作品について「わたしたちは誰しも、傷口が一応ふさがったかに見えても、本当には癒えることがない傷を記憶のどこかに隠し持っている。そうした体験をこんなふうに静かに、しかし鮮烈に描き出している小説は案外少ないのではないか。この静謐と鮮烈を得るために、文体や物語展開の村上流の不自然と作為性は不可欠なのかもしれない」と、評価しているよ。 A ふーん。どんなストーリーなのかな。 B 娘から聞いたところでは、私鉄に技師として勤める独身男性が主人公で、彼には名古屋の高校時代から「アカ」「アオ」「シロ」「クロ」という「色」の付いたも苗字を持つ4人の親友グループ(男2人、女2人)がいた。彼だけは多崎という色のない苗字で、みんなから「つくる」と呼ばれていた。彼は16年前の大学2年生のとき、突然、この4人から理由も言われないまま絶交を言い渡される。一時自殺を考えるが、そのショックを克服し社会人となるんだ。36歳になった彼は年上の恋人の忠告で、絶縁になった理由を調べ始める。16年の間に4人の人生も大きく変わっていて主人公は真相を探るため名古屋に通い、フィンランドまで旅をするんだ。それは「巡礼の旅」といっていい。その展開が面白くて、娘は一晩で読み終えたそうだよ。 A なるほど。じゃあ、そんなに難解ではないようだね。さっき、会社を出る前にネットのニュースを見ていたら、今年の日本記者クラブ賞に共同通信社の小山鉄郎という編集委員が選ばれたと出ていたよ。「村上春樹の単独インタビューを重ね、村上春樹の世界観と現代社会の関係を解き明かすなど、文芸ジャーナリズムの新たな道を切り開いたことが評価された」というのが授賞の理由だそうだ。村上春樹の存在がいかに大きいかということをこのニュースで感じたよ。 B これで、またこの本はさらに売れるだろうね。出版社はホクホクだね。でも最近、端末で読む電子書籍が出てきて、日本の出版社はびくびくしているらしいね。紙の本が売れなくなってしまうと、心配しているみたいだな。 A そうでもないようだよ。2、3日前の新聞に、時事通信が3月に電子書籍端末の利用に関する調査をしたら、「使っている」という回答が6.7%しかなく、「使いたい」が22.2%、69.8%が「使いたいと思わない」と答えたというニュースが出ていたのに気が付いたかな。 B 知らなかったよ。でも、今のところは妥当な数字だな。食わず嫌いという面もあるかもしれないな。この前、沖縄に出張したときに会った友人は、電子端末で本を読んでいるが、とても読みやすくて、紙の本より目にもいいと話していた。携帯のスマートフォンが爆発的に普及しているから、意外に早く日本も電子書籍が浸透するかもしれないな。 A そうかな。私が勤めている会社でも電子端末を売り出しているけど、買いたいとは思わない。やはり、紙の本がいいな。 こんな話がえんえんと続き、私は友人とともに彼らより先に店を出たので、2人がこの後どんな会話を続けたかは知らない。お決まりの愚痴の言い合いになったかもしれない。 村上春樹に関するブログ 村上本はなぜ売れる 居酒屋談義 最も大事な本3冊は? 村上流翻訳術 熱の中で読む「1Q84」 村上春樹のメッセージ ロング・グッドバイ 村上春樹の名翻訳 不思議な村上春樹の世界 ありそうでなさそうな「東京奇譚集」 村上春樹のだまし方 「1Q84年」の不可解さ