小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

974 不来方のお城にて 旅の友とともに「ドーン」「天地明察」「苦役列車」

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不来方のお城の草に寝ころびて空に吸われし十五の心」 盛岡に行ってきた。梅雨の晴れ間、盛岡城跡公園から市内を見ると、後方に雪を抱いた岩手山がそびえている。 公園をぶらつくと、有名な石川啄木の歌碑の汚れを落としているボランティアの姿があった。少年時代の啄木は学校をさぼり、この一角で文学書や哲学書に読みふけったという。そんな往時の啄木の姿が金田一京助の書による歌碑からは伝わる。 20代のころ仙台に住んでいた。仙台を拠点に東北地方各地を歩いた。当然盛岡にも足を延ばし、わんこそばにも挑戦した。以来、盛岡には10回近く立ち寄っている。雪の城跡公園も経験している。東北新幹線の「はやて」に乗ると、東京から盛岡まで(約500キロ)は2時間25分前後しかかからない。そんな旅に持っていったのは、読みかけの「ドーン」(平野啓一郎)、「天地明察」(上下、沖方丁)、「苦役列車」(西村賢太)の文庫本だった。私にとって文庫本は旅の友なのである。 「ドーン」は、読みかけというよりも、残り数ページであり、瞬く間に読み終えた。近未来。米国の大統領選挙をめぐって、米国による人類初の有人火星探査船で起きた女性宇宙飛行士の妊娠と人工中絶問題が一代スキャンダルとして各方面にさまざまな波紋を投げかけていく。その中心になるのが日本人宇宙飛行士だ。武田将明は「何と貪欲な小説だろう。未来の宇宙旅行あり、男女の不義と不和あり、アメリカ大統領選をめぐる情報戦があり、テロとの戦いがあり、ホーソーン『緋文字』ばりの告白をめぐる葛藤があり、そして地震のトラウマと恢復の物語まである」と、本書を分析した。大作であり、内容も武田が言うように多岐にわたっている。平野の幅広い知識や好奇心の旺盛さを感じる作品だ。 「天地明察」は、江戸時代の囲碁棋士天文学者渋川春海の史実を基にした小説だ。幕府お抱えの囲碁棋士でありながら、数学、歴法に秀で日本初の国産暦をつくった渋川の生涯を、フィクションを交えて描いている。「天地明察」は、天と地の動きをはっきりとさせるという意味だが、渋川はまさに天と地の動きを長い歳月をかけて突き詰め、国産暦の作成という偉業を成し遂げる。渋川をとりまく群像が面白い。保科正之会津藩主)、水戸光圀水戸藩主)、関孝和(数学者)、酒井忠清江戸幕府大老)、本因坊道策(囲碁四世本因坊、名人碁所)、村瀬義益(数学者)という歴史上の人物のほか、2番目の妻になるえんという魅力的な女性も出てくる。読後の爽快さという点では、以前に読んだ三浦しをん「舟を編む」と肩を並べる。 最後に「苦役列車」。昨年芥川賞を受賞した私小説だ。独特の文体で、明日への希望もなく、冷凍倉庫で日雇い暮らしを続ける19歳の少年(西村)の話である。西村はことし同賞を受賞した「共喰い」の田中慎弥同様、強烈な個性の持ち主であり、作品には芥川賞選考委員を幻惑させる(あるいは惹きつける)力があったのだろう。3作品のうち「ドーン」以外の2作品は映画化され、夏以降に上映されるらしい。小説が映画化された場合、意地悪く言えば「原作を超えることができただろうか」と思いながら見るのが癖になっている。2本がどんな映画になるか、興味がある。
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1、歌碑の上には掃除用の道具入れが載っている 2、北上川岩手山