小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

860 高貴な氷河の青い色 北欧じゃがいも紀行・5

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地球の温暖化によって、北極の氷が溶け出しているというニュースが時々流れる。それによって将来、地球上の生態系に大きな影響を与えるのではないかという議論が続いている。ノルウェーの氷河を見ながらこの氷も次第に溶けているのではないかと思い、麓の川に手を入れてみた。当然のようにかなり冷たい。 ソグネフィヨルドの麓にあるホテルから、2つの氷河を訪ねた。ボイヤ、スープレッヘの両氷河だ。双方とも岩山に氷河が残っている。麓には水量が豊かな川が流れている。見た目には、氷河が温暖化で溶け出しているのかどうかは分からない。真夏の観光シーズンを外れているせいか観光客の姿は少ない。 これらの氷河は悠久の歴史を送ってきた。ここにやってくるいろいろな国々の人たちの反応を見てきたのだろうか。白い色に青味がかったその姿は、高貴である。 画像日本でも、高山地帯で雪渓は珍しくはない。谷川岳は雪渓のすぐ近くまで行くことができる。その下を流れる川の水の冷たさを手が覚えている。氷河と雪渓の違いは、氷河が氷の圧力で移動する氷の塊であるのに対し、雪渓は雪が固まり夏でも解けないもののことである。 昨年11月、、立山カルデラ砂防博物館(富山県立山町)の学芸員北アルプス立山連峰・雄山(3003メートル)の雪渓で見つかった氷の塊「氷体」が8月下旬からの約1カ月間に最大で30センチ移動したことなどを根拠に、日本初の氷河である可能性が高いとシンポジウムで発表したことが話題になった。本当に日本にも氷河が存在するのだろうか。 以前、アルプスのユングフラウヨッホから有名なアレッチ氷河を見たことがある。氷の長さが23・4キロというユーラシア大陸最大の氷河も、このまま温暖化が進行すると、かなりの面積が消失するだろうという説明を受けた。それはノルウェーの氷河でも同じことが言える。 北欧は「岩の国」だと、氷河を見ながらふと思った。どこにいっても、山々は岩肌をさらしているのである。スウェーデンストックホルムで生まれた化学者であり実業家だったアルフレッド・ノーベルは土木工事の際、固い岩盤を破壊する目的でダイナマイトを発明、巨万の富を得た。それほど北欧の岩盤は固くて、工事は大変らしい。しかしその半面、地震の心配はない。画像 ノーベルの死後、生涯独身だった彼の遺言でノーベル賞が制定された。結婚し、家族を持っていれば、ノーベル賞はなかったのかもしれない。
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 氷河からノルウェーの首都、オスロに移動するバスの中で、グリーグの「ペール・ギュント」の曲が流れた。よく聞いたメロディーが、疲れた体に心地よく浸み込んでいくような感じだ。 帰ってきて以前読んだ仙台在住の作家、佐伯一麦の「ノルゲ」(ノルウェー語でノルウェーのこと)を読み返した。ノルウェー美大に留学した妻に同行して1年間オスロで暮らす作家の話(佐伯は現代では少なくなった私小説作家で、自身の体験を基に、この作品を書いたとみられる)だ。この中に、作家がペール・ギュントのCDを買おうとして訪れた中古レコード店で、主人が「ノルウェー人はいまでもこの曲を好んでいない。グリーグの作曲も最悪の作品という意見もあるくらいだ」と、話す場面がある。 ペール・ギュントは近代演劇の創始者といわれる劇作家、イプセンの同名の劇の付随音楽として作曲された。レコード店の主人は「イプセンノルウェーに生まれたが、父親は祖先がデンマーク人で母親はドイツ系だった。そしてイプセンはこの国では認められずに、長い間外国で暮らして、晩年になるまでノルウェーに帰らなかった。ペール・ギュントは、そんなイプセンノルウェーに対する怒りが込められた作品なんだよ」と、イプセンについて解説した。 こんなエピソードは、佐伯が実際にノルウェーで暮らしたからこそ盛り込むことができた現実性の高い一シーンだと思われる。