688 ナポレオンに背を向けた「黒い悪魔」 差別を乗り越えた快男児の生涯
快男児である。フランスの歴史で、ナポレオンの時代に「黒い悪魔」という異名を持ったトマ・アレクサンドル・デュマこそ、こう呼んでいいと私は思う。
子どものころ、フランスの文豪といわれたアレクサンドル・デュマの「モンテ・クリスト伯」や「三銃士」を愛読した。特に「三銃士」に出てくるダルタニャン、アトス、ポルトス、アラミスの名前はいまでも覚えている。この文豪の父親が黒い悪魔といわれた軍人だった。
「黒い悪魔」は、フランスの歴史を小説にして読者を魅了する佐藤賢一の作品だ。フランスの侯爵と黒人女奴隷のとの間に生まれ、褐色の肌ゆえに差別を受けながら軍人として大成したデュマの父親の生涯を追う。酷暑の夏。こんなさわやかな人生を送りたいと思う。
差別、劣等感と闘いながら、ナポレオンも一目置いたという存在のデュマは、多くの試練に遭いながら、順調に軍人として昇進し、将軍(師団長)にまで上り詰める。
しかし、ナポレオンのエジプト遠征に同行しながら、この戦いに反対し帰国の途中、捕虜としてナポリ王国に捕えられる。その生活で食事にヒ素を盛られて体は次第に衰弱する。2年後、ようやく解放され、家族の許へと帰るが、ナポレオンの皇位就任という独裁時代が始まり、デュマには軍人として活動する舞台は死ぬまで与えられることはない。
デュマの息子は、父親自慢の息子となり、父親譲りの快男児が登場する物語を次々に発表する。それはまさしく、父と子の血のつながり(DNA)の濃さを思わせる。
フランス史では、圧倒的にナポレオンの存在が大きい。その陰に隠れながら、このような軍人がいたことを知ると、歴史の面白さ、複雑さを感じ取る。
日本の歴史上の人物として、戦いの天才・ナポレオンを織田信長にたとえると、快男児はもちろん、坂本龍馬である。デュマも龍馬も理想を求めたヒーローだった。2人とも道半ばにして生涯を閉じるが、「さわやか」という表現が似合う生き方を貫いた。
混迷を続ける現代の日本。このような人材が一番求められているのだが、なかなか見当たらない。坂本龍馬ブームは「ヒーローがほしい」という、庶民の願望が背景にあるのではないかと思う。