小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

650 W杯余聞 礼文の旅途中で

南アフリカのW杯サッカーを見ていて、「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉を思い出している。それは岡田監督率いる日本チームも例外ではない。辞書によると、道理はどうあれ戦いに勝った強い者が正義者となるというたとえであり、明治維新の結果を指した言葉でもある。

W杯が始まるまでの、日本のメディアの論調は岡田ニッポンに罵詈雑言を吐き続けた。ところが、予選の初戦でカメルーンに1―0で勝つと、それまでの批判的な記事から一転してお祭り騒ぎを繰り返している。もちろん、岡田監督批判は消えてしまった。その変わりようは、さすがというより、あきれるばかりだ。

W杯の力はすごい。ふだんはJリーグに見向きもしないわが家の面々も、日本チームの試合ではテレビの前にかじりついている。先日はこんな会話をした。

日韓共催のW杯を思い出した。あの時、礼文島行きの船に家族3人で乗っていたわね」

「ああ、テレビの前が人でいっぱいだった。あれはたしかチュニジア戦(6月14日、大阪長居スタジアム)だった。たしか2―0で日本が勝ったはずだ」

「そうだったかしら。記憶力がいいわね。船の中のことも覚えている?」

そう家族から問われ、船中の出来事を反すうした。当時、札幌に勤務していた私は、東京への転勤が決まり、家族とともに礼文島を旅した。稚内からフェリーに乗ったその日午後、ちょうど日本とチュニジア戦があった。フェリーにはテレビもあったが、当初は電波状態が悪く、サッカー放送は見られなかった。携帯用の小さなラジオをつけると、こちらは感度がよく実況中継が聞こえる。デッキでそれを聞いていると、サッカー好きの人たちが集まってきて、耳を傾ける。

前半が終えて、フェリーが利尻島を過ぎたあたりから船室のテレビの画面も見られるようになり、そこには大きな塊ができた。やがて、日本に1点目が入ると、30人ほどに膨れ上がった集団から「よーし」「やったぞ―」という歓声が起きた。すると、テレビには全く無関心というそぶりで、横になっていた50代くらいの気難しい顔をした男性が「うるさい!」という大きな声を出した。

歓声をあげた人たちはその声に驚き、静かになった。しかし、再び日本チームが得点をすると、男性の注意を忘れてしまい、再び歓声を上げた。男性はさらに大きな声で「うるせい。何がサッカーだ」と叫んだ。私のとなりにいた女性たちは「お祭りなのに、少しぐらいいいじゃないの」「うるさいなら離れればいいのに」と、小さな声で話をしている。

後半の45分が終わり、日本は2―0で勝ち、決勝トーナメントに進んだ。フェリーを降り、礼文島に足を踏み入れる多くの人たちは満足そうな顔をしていた。怒声を出した男性も見かけたが、彼は相変わらず仏頂面をしていた。何か問題を抱えてこの島にやってきたのかもしれないと思った。

あれから、8年が過ぎた。当時日本チームの監督だったフィリップ・トルシエ氏は、日本のテレビに引っ張りだこだ。だが、岡田監督をはじめ各国の監督は、試練の日を送っている。フランス、英国という強豪国の監督は苦戦続きだ。選手と監督の関係がおかしくなったフランスは予選で敗退してしまった。

チームの成績がいい時は問題ない。しかし、チームが不振に陥ると、その責任を問う声が監督に集中する。W杯が始まる前の日本の岡田監督も負け続けたがゆえに、批判にさらされた。カメルーンに勝ち、強敵オランダには惜敗したものの、いい試合をしたため批判は和らいだが、カメレオン的メディアのことだから、今後の展開でどうなるかは分からない。W杯の監督たちは「男はつらいよ」を代表するひとたちなのである。

ところで、テレビでデンマーク戦を見るために25日は早起きしようと思っている人は多いはずだ。私もその一人である。明日は早めに寝るとしよう。