小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

524 遥かなりラオス(5) 山岳地帯との別れ

画像
一日、NGOのタオイ地区センターでゆっくりした私たちは、夜、ノンちゃんたちと一緒に歌を歌い、タオイの夜を楽しんだ。ノンちゃんはギターをこなし、宍戸先生と同じく、多才ぶりを発揮した。翌日早くにもち米の朝食を取り、ノンちゃん車ら2台の四駆で帰途に就いた。私は2台目のウンさんの車に乗った。彼ははだしでアクセルとブレーキを踏んでいる。 途中、道沿いにある学校に寄る予定だが、前日の雨を考えると、そう簡単にはサラワンに戻ることはできないと覚悟した。それはだれもが考えることであり、ノンちゃんはそのために援軍を往路のクンカムさんに加え、さらに養子の青年1人を増強した。このほかサラワンに行く養女を入れると、往路よりも車に乗る人数は増えた。援軍のクンカムさんら青年2人はウンさん車の荷台に乗っている。 80キロの悪路の山道を思うと、落ち着かない。私たちはのうのうと座席に座っているのに、若いとはいえ2人の青年は大丈夫なのかと心配だ。時々、後ろを振り返り若者が立っているのを確認し、申し訳ないと心の中でつぶやく。予想通り、往路で手間取ったぬかるみではウンさんを含めた青年たちがノンちゃんの指揮で道を直し、ワイヤーを使って難所を抜け出す。
画像
予定していた学校(ボンナム小サボイ分校)に行き、子どもたちの授業や学校周辺のベトナム戦争当時の砲弾を土台にした高床式の家を見る。子どもたちの表情はいい。男の子が下半身を丸出しにしている。外国人が珍しいのか、地元の人たちが集まっている。カメラを向けると最初は逃げ出したが、そのうち慣れたのか、みんなで記念撮影した。
画像
再び車に乗る。倒木があった場所にさしかかる。倒木は道路わきに移されているが、ここでも泥の溝に1台が入り込んでワイヤーを使う。さらに、もう少し行った下り坂では道路わきの倒木の枝が邪魔になり一時ストップする。その後も魚売りのおじさんの手伝いを受けたりして難所を越える。そして、往路で長時間立ち往生した上り坂にきた。 ノンちゃんは果敢に右側の坂を上ることを決め、早速挑戦した。しかし、結果は深い溝に車輪が入り込んで、立ち往生した。熱血漢の宍戸先生をはじめとして、ノンちゃん軍団の青年たちがスコップと鍬を使って埋まった車輪を掘り起こそうとする。その努力は無駄に終わった。途方に暮れるノンちゃん軍団。さすがのノンちゃんも半ばあきらめたような顔をした。それは一瞬のことだった。
画像
そこへ、救いの神が現れたのだ。途中、私たちは6台のホイール型トラクター(ホイールローダーと呼ぶそうだ)を追い越していた。山の作業が終わって別の街に行く途中、先を急ぐ私たちの四駆に先を譲ったトラクターだったが、立ち往生しているノンちゃん車に1時間ほどして追いついたのだった。早速、1台目のホイール型トラクターがノンちゃん車をワイヤーで引き出す。そのトラクターは、そのまま坂道に挑戦した。だが、甘く見たようだ。トラクター自身が泥に埋まって動けなくなったのだ。 2台目のトラクターの運転手は、この軍団のリーダーのようだった。彼は、大型のトラクターを自由に操り、1台目が埋まったわきに道を造成し始めた。私たちやトラクターの人々、オートバイで通りかかった人、歩いて街に行こうとしている人など、現場には20人ほどの人がいる。この人たちがトラクターの一挙手一投足を見守った。真剣に「道をつくってほしい」という祈りを込めて作業を見続ける。その思いが通じたように、約30分の作業で新しい道ができた。 ノンちゃん車に続いて、ウンさんの四駆も坂を上りきったのは2時間半後だった。そこを出て間もなく、急な上り坂でもトラクターのお世話になった。昼過ぎ、途中の店に立ち寄り、もち米のご飯で昼食を取る。青年たちはすごい食欲でもち米を消費していく。その間にトラクター軍団が私たちを追い越して行った。昼食後、私たちはトラクターに追いついた。道を譲るトラクターの男たち。私たちは感謝の意味を込めて手を振る。トラクターの運転席と助手席からはいい笑顔が返ってくる。道をつくったリーダーの顔はひときわりりしく、笑顔が素敵だった。 9時間ほどして山岳地帯に別れを告げ、サラワンの平地へと車は入った。荷台の青年たち3人は、80キロの山道を頑張ってくれた。ノンちゃんは、深い溝に突っ込み、途方に暮れていた時、青年たちに「怒った顔はしないで、笑っていなさい」と指示したそうだ。そんな指示があってか、若者(ノンちゃんの養子)の1人は、川の両岸にある竹林から両手に抱えきれないほどのタケノコを採ってきた。「ラオスにはたっぷり時間があるのです。ラオスの人たちは、時間を味方にするのです」という、NPOの谷川さんの解説が頭に浮かんだ。
画像
サラワンに戻り、ノンちゃんは車に乗った日本人5人をこう評した。谷川さん「いつもじっと見守っている人」。宍戸先生「見ているのがたまらなくて、道づくりに入ってしまう人(行動派)」。小林先生「道の周辺をじっくり観察している(授業に使えるものはないかと)人」。金子さんと私「カメラを構え、いつも記録している人」。なるほど、5人の性格を現わしている。 そんなノンちゃんは、沈着で大胆な人だと思う。でも、ノンちゃんでさえこの数日は疲れたのだろう。翌日、新しい学校建設用地の住民集会を終えて、車に戻った彼女は、キーを運転席の外側ドアに入れているのを忘れ、「キーをなくしてしまった」と慌ててしまった。数分後、ドアにさしたキーを見つけ照れていたが、そんな彼女を見て、私は「スーパーウーマンも人間だ」と思い、余計にノンちゃんが愛おしくなった。(続)