小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

348 中国の旅(3)完 大連にて

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「大連の3つの多い、3つの少ないは何か」。かつて中国といえば、自転車という印象があった。朝夕、通勤、通学の人たちの自転車で主要道路は埋め尽くされる。しかし、大連ではその光景はなかった。(写真は中山広場から見た大連賓館) 大連は「中国国内でも自転車が少ない街」なのだそうだ。現地のガイドによると、大連の少ないものの3つは、自転車、ごみ、警官の数なのだそうだ。逆に多いのは広場、緑、美人(?)と聞いて、なるほどとうなった。   確かに大連の街では自転車は少ない。南の揚州では自転車と電動自転車が幅を利かせてだけに、その違いに驚いた。大連の人口は約620万人で、その1割が車を所有しているという。日本よりも所有率は低いにしても、この街が経済的に急成長を遂げていることを裏付ける数字なのだろう。 ごみが少ないのは、世界の美しい都市の500選に選ばれたこともあって、市当局もかなり気を使っていると聞く。しかし、それは表通りの話で、一歩裏通りに入ると、そうは行かない。それは前回に書いた通りだ。警官の数が少ないのは治安がいいことが理由だという。統計がないので本当かどうかは分からないが、のんびりと街を歩く年寄りたちの顔を見ていると、そうかもしれないと思った。 一方、広場、緑が多いのというのはうらやましい。大連には、中心部にその象徴ともいえる「中山広場」がある。そう大きなものではないが、何本かの幹線道路の基点になっている。 広場の周囲には、かつて日本統治時代の建物がそのまま残っていて、現在も利用されている。旧ヤマトホテルは、大連賓館として使われている。中に入ると、大広間は天井が高く、ウイーンのシェーンブルン宮殿の大ギャラリーを一回り小さくした感じで、雰囲気がよく似ている。 かつて、ここで舞踏会も開催されたそうだ。広場に渡ろうとするが、信号がないため、難渋した。現地の人の後ろについて、何とか横断した。帰り際に注意してみると、広場に抜ける地下道があるのに気がつき、うかつさに笑ってしまった。
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(写真は日本人街の案内標識) この街はかつて「アカシアの大連」といわれ、街路樹にはアカシアが多かった。公害に弱いアカシアが枯れてきたため、排気ガスに強いプラタナスが代わりに植えられ、緑に気を使った都市づくりが進行中のようだ。 大連は美人も多いと聞いた。大連外国語学院の2人の女子学生に街の案内など世話になった。2人とも日本語学科の4年生で、控えめで可憐な印象だった。 大学院に進んで教師を目指すというAさん、日系企業で働くのが希望というBさんとも日本の高校生ぐらいにしか見えなかった。街を歩くと、妖艶な雰囲気の女性も目立った。大連は人口も増え続けており、美人も集まってきているのだろうか。