小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

338 秋を知る 頑張るカタツムリ

画像
10月になった。庭にあるカリンの木に1個だけ実がなった。その実に小さなカタツムリが付いているのを見つけた。実の一部は食べられた跡がある。この小さなカタツムリが食べたのかどうかは分からない。いずれにしても、この小さなカタツムリは生きるために必死に頑張っているのだろう。 久しぶりに庭に出て空を見上げると、青く澄み切った空が広がっている。早朝の犬の散歩も楽になった。もう汗はかかない。べたついていた空気が乾き、冷気が肌に心地いい。散歩道に沿って建てられた住宅の庭に大きなキンモクセイの木があり、黄色い花が咲き始めていた。 馥郁(ふくいく)とした香(広辞苑によると、よい香りのただようさまという意味)というのだそうだが、独特の芳香がする。キンモクセイの花を見て、かつてこの花を求めて、中国・桂林の旅を計画しながら、実現しなかったことを思い出した。 桂林は中国南部の漓江の畔にあり、鍾乳洞岩の奇岩が多く、自然が美しい地域として観光名所になっている。「桂林山水天下に甲たり」という言葉もある。周辺の山野にはキンモクセイやギンモクセイが多く、桂林という地名の由来にもなったといわれる。9月下旬から10月上旬が開花期で、このころになると、桂林の街はこの花の香りに包まれる。そんな時期を狙って、桂林への旅を計画したのはもう20数年前のことだった。 「一週間の桂林の旅」というツアーに参加するため、旅行社に費用を支払った。出発まであと一週間と迫った中で、突然取り組んでいた仕事が忙しくなり、旅行どころではなくなった。泣く泣くキャンセルしたのだが、旅行代金のほとんどは返還されなかった。見通しが悪かったとしか言いようがない。 以来、キンモクセイの花の時期になると、この苦い経験を思い出す。しかしその後も桂林に行く機会はない。というよりも、この街にあまり魅力を感じなくなってしまったからだ。正しくは、中国に対し次第に関心が薄れたからだ。その理由を書くのはここでは控える。 それはさておき、キンモクセイは日本には中国から渡ってきたというから帰化植物といえる。帰化植物といえば、ものすごい勢いで日本の野原を占領したセイダカアワダチソウ(原産は米国)の群生地が散歩コースにある。この花もキンモクセイと時を同じくして黄色い花を咲かせ始めた。ススキが天敵といわれるためか、群生地では円を描くようにこの花が咲いており、その周囲にススキが生えている。 まるでこの円内から外にはみ出すのをススキが止めているようで面白い。とても美しいとはいえないので、この花を好きだという人は少ないだろう。だが、遠目にこの花が群生している姿を見ると、秋の深まりを感じるのは私だけではないだろう。 夕方、冷え込んだきた庭に出てカリンを見ると、まだカタツムリはしがみつくように実に付いたままだった。「頑張れ」と声を掛けた。(08.10.04)