小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

339 中欧の旅(10)名画で読み解くハプスブルク家12の物語

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 約650年という長い時代、ヨーロッパに君臨したのがハプスブルク王朝だ。日本では徳川幕府(江戸時代)が264年、足利幕府(室町時代)が237年の長期政権を維持したが、とても及びもつかない。スイスの一豪族が偶然手にした神聖ローマ帝国皇帝という地位から、急成長し、ヨーロッパの歴史に重要な位置を占めるのがハプスブルク家だ。 著者の中野京子は、ハプスブルク家にかかわる名画12点を絡ませながら、波乱に満ちた歴史を紡ぎ出していく。

 掛け値なしに面白く、中野の鑑識眼の豊かさに舌を巻いた。 この本は、ハプスブルク家の歴史をたどりながら、そこにかかわる12の名画を登場させる。歴史自体が波乱万丈である。だから、12の物語の中で中野が紹介する名画もまた、個性的な作品ばかりなのだ。

 中でも、日本人にはなじみが深い女性、マリア・アントニアことマリー・アントワネット(フランス語読み)を描いたエリザベート・ヴィジェ=ルブランという女性画家による「マリー・アントワネットと子どもたち」の第9章は、アントワネットがフランス革命でギロチンにかけられる運命が控えているだけに、見ごたえ、読みごたえがある。

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 アントワネットは、ハプスブルク家を代表する女傑マリア・テレジアの11女として生まれ、一冊の本も読み通したことがないほどの遊び好きが政略結婚で、オーストリアからフランスの後のルイ16世になる凡庸なルイ・オーギュストに嫁ぐ。ルブランの絵は、アントワネットと3人の子どもたち(長男、次男、長女)の姿を描いたものだ。

 中野は書く。「情愛あふれる母子の触れ合いなのに、絵からは幸福感が漂ってこない。アントワネットの表情はうつろだ」と。フランス革命はこの絵が描かれた2年後に起きる。受験生ならだれでも覚える1789年のことだ。そして、この絵の中で生を永らえたのは、長女だけだったという。ギロチン、幽閉という運命がこの家族には待っている。

 ハプスブルク家が6世紀半も君臨したヨーロッパのゆかりの深い地域を先月旅して、その一端に触れた。ウイーンのシェーンブルン宮殿にはアントワネットが育った部屋があった。 それにしても、この宮殿の大ギャラリーは夢の世界だ。天井のフレスコ画、と壁面の照明、きらびやかな時代を送ったハプスブルク家をしのぶことができる。

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