小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

796 沈黙の春の再現なのか・・・

 沈丁花ハクモクレンの花が咲き出し、桜開花の便りも届き始めた。だが・・・。いま日本列島は、レイチェル・カーソンのノンフィクション作品「沈黙の春」のような様相になりつつある。

  カーソンは、有機塩素系の殺菌剤(DDT)の危険性を訴え、序章ではこう記している。

  かつてアメリカの真ん中に、すべての生き物が環境と調和して生きているような町があった。街は碁盤目に広がる豊かな田畑の中央にあり、周囲には穀物畑、山腹には果樹園があって、春には白い花々が緑の原の上でゆらゆら浮かぶように咲き乱れた。(ところが、四季折々の自然に満ち溢れていた町が、空から降ってきた雪のような白い粉によって、死の世界に変わってしまう)

  農場ではめんどりが卵を産んだが、ひなは孵らない。農夫は豚がちっとも育たないと不平を言った。小さく産まれるうえに、たった2、3週間で死んでしまうのだ。リンゴの花は咲きそろったのに、蜂の羽音はしなかった。花粉が運ばれないので、リンゴはならないだろう。(その後、子どもの突然死も起こり、体の具合が悪いと訴える人が増えてくる)

  福島原発第一号機の事故以降、地元の福島はじめ茨城、栃木、群馬、千葉などの牛乳や野菜の一部から農産物の規制値を超える放射性物質が検出されたとして、出荷停止や摂取制限といった行政措置がとられた。さらに、東京はじめ各地の水道から放射性ヨウ素が見つかり、1歳未満の乳児の摂取制限が発表になった。

  福島の地元では「これらの発表の仕方がおかしい。福島の牛乳や野菜に異常が見つかったと発表しながら、毎日摂取しても人体にほとんど影響はないと説明する。その程度なら、なぜ官房長官が発表するのか、まるで官邸によってつくられた風評被害だ」という声が出ているという。

  東京の水道水について触れた際にも枝野官房長官は「「東京電力福島第一原発から放射性物質が大気中に出ていることは間違いなく、雨も降ったためいろいろなルートで影響を与えることはあり得る。乳幼児には摂取を控えることが望ましい数値だが、大人や子どもが使う分には全く問題ない」と語っていた。

  官邸のスポークスマンがこれだけのことを言えば、幼い子どもを持つ母親は動揺し、ペットボトルを求めてスーパーに走ることは自明だ。当然のように、東京では発表があった23日の夜にはスーパーやコンビニからミネラルウォーターが消えた。24日になって数値が下がり、摂取制限が解除になったが、疑心暗鬼になっている母親たちは当分水道水を使いたくないだろう。

  福島原発から放出された放射性物質が拡散し、さまざまな影響を与え始めている。しかし、政府と電力からは国民がこれからどのように対応したらいのか、納得できる情報は伝わってこない。菅首相ら政府が何をやっているのかも全く分からない。避難させられた原発周辺の住民が自宅に戻る見通しは全くつかない。「ない、ない」が答えなのである。これでは、残念ながら沈黙の春の再現といっていい。