小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

287 先人たちの生きる知恵 映画「西の魔女が死んだ」に思う

 児童文学者である梨木香歩の「西の魔女が死んだ」が映画化された。学校に行くことができなくなった少女がイギリス人のおばあちゃんと自然の中で暮らし、魔女修行の手ほどきを受けるストーリーだ。

 登場人物が少なく、映画化できるのかと思っていたが、原作にはいない人物も配置され、ゆっくりとした展開とふんだんに出てくる緑がしたたるような自然が美しく、原作を読んだときと同じように、気持ちが和んだ。 いつも凛とした姿が際立つおばあちゃん(サチ・パーカー)は、孫娘(高橋真悠)に魔女修行の要は「何でも自分で決めることだ」と言う。

 自立心を備えることがこれからの人生では、一番大事だということを伝えたかったのだろう。家族関係が危うい時代を象徴するように、少女の家庭も両親が仕事の都合で別居している。 そんな中で登校拒否の少女は、おばあちゃんとの自然の中での暮らしで立ち直っていく。核家族化で、3世代同居の家は少なくなっている。

「おばあちゃんの知恵袋」という言葉があるが、おばあちゃんの暮らしの知恵が映画には随所に登場し、少女を元気付ける。 野イチゴを摘み、ジャムをつくる。イチゴを煮込んだあと、砂糖をたっぷり入れるおばあちゃんに、孫娘は「砂糖は入れすぎると身体に悪いよ」と言う。

 それに対し「ジャムはそんなに一度にたくさん食べることはしないし、砂糖を多く入れた方が長持ちするのよ」と教える。これがおばあちゃんの知恵なのだ。 2人の暮らしぶりを見ながら、元気だったころの祖母を思い出した。

 祖母は88歳で亡くなった。元気な人だった。地区の中で一番東寄りに家があるため私の生家は「東」という呼称があり、祖母は「東のばっぱさん」といわれていた。元気な人で、年をとっても必ず新聞を読み、テレビのニュースもよく見ていた。 口も達者で行動力もあるので近所からは「東の外務大臣」とからかわれたが、本人は満更でもなかったようだ。

 末っ子の私は祖母に可愛がられた「おばあちゃん子」だった。小学校に入ってからもしばらく登校を嫌がり、途中まで祖母に送ってもらうひ弱い子どもだった。しかし、祖母の気丈な生き方が、私の人生でのさまざまな選択に大きな影響を与えた。

 映画のおばあさんと少女の日常は、「魔女になる」という架空の目標に向かって、先人の生き方の知恵を引き継ぐ儀式のようにも思えた。いまの日本は、後期高齢者医療制度という新しい医療制度を設け、75歳以上の高齢者は不安を抱く毎日だ。 お年寄りを大事にしないのだから、これではお年寄りから学ぶことはできまい。世の中には「西の魔女」や「東の外務大臣」のような、頼もしいおばあさん、おじいさんは少なくないはずなのに。

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