小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

259 現代中国の救世主と守護神の生涯 鄧小平秘録

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 この夏、北京五輪が開催される中国は共産党独裁が続く中で、驚異的な経済発展を遂げている。中国を今日の繁栄へと導いたのは、鄧小平だった。 中国近代史で、私たち日本人になじみが深いのは毛沢東周恩来、そして鄧小平の3人だ。カリスマ性という面では、毛沢東が群を抜いているにしても、周恩来と鄧小平は波乱に満ちた生涯を送った点では毛沢東に決して劣らない。

 鄧小平は失脚を繰り返しながら、不死鳥のように政治の表舞台へと返り咲く。天安門事件では血の粛清を敢行した。伊藤は、長い中国ウオッチャーとしての蓄積を生かし、鄧小平の生涯を丹念に調べ、この作品にした。 本の読み方は、千差万別だ。書店で手にとって思わず買ってしまったが、読み始めたものの、内容がつまらなくて、途中で投げ出してしまうものも少なくない。

 あるいは、筆者に惹かれて買い求める読者もいるだろう。この本の購入動機は、伊藤という中国問題ジャーナリストの集大成の作品ではないかと思ったことだ。読んでみてその勘は当たっていた。

 伊藤の経歴を見ると、共同通信社で中国問題の専門記者を続け、論説委員長で定年を迎える。定年後に産経新聞に入り、北京駐在を続けているという。中堅記者時代なら、途中入社もあり得るが、定年後に別の報道機関の現場記者をするという伊藤のようなケースは日本ではまれである。それができた伊藤は、幸せといえようか。

 本題に戻る。鄧小平は失脚を重ねながら、返り咲くことができたのは、毛沢東の信頼が揺るがなかったためだという。実務家としての力量が極めて優れていたということなのだろう。 巻末に「私の見た鄧小平」を寄稿した中国問題の評論家・石平氏は「鄧小平は現代中国を築いた救世主であり守護神だった」と指摘する。そして「鄧小平のような先見性とカリスマ性を持った指導者はもはや2度と出てこない。

 江沢民胡錦濤のようなサラリーマン指導者はその足元にも及ばない。かつての天安門事件のような重大局面が再びやってきたときに、共産党政権がそれを乗り越えることができるかどうかは、神のみぞ知る問題だ」と書く。

 この作品は上下巻の予定で、下巻はこれから刊行される。伊藤を知る知人によると、彼は「言動にメリハリがあり、話しぶりも率直な魅力のある記者だ」という。あらためて書くが、この作品はそうした伊藤の記者活動の集大成ではないか。