小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

225 母(かあ)べい 懸命に生きた一家の物語

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 日中戦争から太平洋戦争。昭和20年8月15日で、戦争は終わった。その時代を生きた一家の物語だ。 姉、母、祖母たちが生きた苦しい時代と重なって、粛然とした気持ちでスクリーンを眺めた。主演の「母べい」吉永小百合は、年齢よりかなり若い役(20代後半から30代前半)を精一杯に演じたように見えた。吉永を助ける山ちゃん役の浅野忠信のさわやかで朴とつな青年ぶりがとても印象に残った。

 この時代、同じような家族は少なくなかった。大学の研究者である夫(坂東三津五郎)は治安維持法特高に捕まる。「女は弱し、されど母は強し」である。 残された母べいは、山ちゃんの精神的な援助を受けながら代用教員を務め、夫の釈放の日を希望に懸命に生きる。しかし、夫は東京拘置所で獄死し、山ちゃんにも赤紙が来て、別れの日がくる。彼は南方へ転戦する途中、輸送船が米軍の魚雷攻撃で沈没、帰らぬ人になる。

 山田洋次監督が野上照代さんの作品を脚色し、メガホンをとった。声高に何かを訴えるものではない。全編を通して「静かな怒り」を感じる映画である。多くの国民が犠牲になり、悲しみを抱いたまま、長い戦後を生きなければならなかった。

 そんな人たちの思いを代弁したような映画といえる。 2人の子役志田未来佐藤未来は物が少ない時代の少女の姿をけなげに演じたのではないか。2人の少女のおば役の檀れいの凛とした演技は、吉永小百合が暗い表情に終始した印象が強いだけに救いを感じる。

 しかし、このおばは広島の原爆で犠牲になってしまう。 最愛の夫をはじめ、山ちゃんや夫の妹ら愛する人が次々にこの世から去っていく戦争の不条理さを山田監督は伝えたかったのだろう。 冒頭に[吉永小百合が若い役を精一杯演じた」と書いたが、女優の演技力なのだろう。

 ただし、映画は女優の顔をアップしてしまうので、どうしても実際の彼女の年齢(間もなく63歳)を思うと、若い母親役には違和感を持ってしまった。同じ思いを数年前の「北の零年」でもしたのだが、小百合ファンたちにはどう映っただろうか。 近く大岡昇平の小説「ながい旅」を映画化した藤田まこと主演の「明日への遺言」が封切りになる。戦犯として処刑された岡田資中将をモデルにしたものだ。その出来栄えはどうなのだろう。ぜひ見たい作品である。

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