小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

224 どうしたギョーザ 家庭料理の王様に危機

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ギョーザは、中国の伝統的な家庭料理だ。知人によると、旧暦の正月に当たる春節(ことしは2月7日)では、家族が一緒になって前日からつくったギョーザを食べるのが多くの家庭の習慣だという。日本で雑煮を食べるのと同じくらい正月の伝統なのだそうだ。 各家庭にはそれぞれの味があり、3000年の歴史を持つ「奥の深い」食べ物ギョーザ。家庭料理の王様ともいえる中国の名物料理だけに、日本が輸入した冷凍ギョーザから農薬(殺虫剤)のメタミドホスが検出されたというニュースには周囲も敏感に反応している。昨今、職場や家庭の一番の話題はこれではないか。 中国の大連から引き揚げ、ギョーザを中心にした中華料理店を出し、成功した友人がいる。以前にこのブログ(2007年3月26日)でも紹介した。彼のギョウザは確かにうまい。いまはどういうつくり方をしているかは知らないが、当初は店が終わった後、家族みんなでギョーザをつくっていた。材料を薄い皮に包む手先の器用さ、素早さは神技のように見えた。 彼の店の水ギョーザはのど越しがいい。片栗粉を溶かしたものを仕上げにかけ、羽がついたような格好をした焼きギョーザはその香ばしさがたまらない。元々、中国では大工さんだったという友人が、小さな店からスタートし、全部で5店を持つオーナーへと成功した裏には、日本人のグルメ志向が作用したはずだ。 別の友人が以前わが家に遊びに来た際、彼女はギョーザの皮を伸ばすための麺棒を持参したてきて、私を驚かせた。その麺棒を使って見る間に大量のギョーザをつくっていく。友人によれば、中国人ならだれでもやっていることだという。これを見て、ギョーザは中国を代表する庶民の食べ物だと実感した。 物の本やインターネットを調べると、ギョーザは中国の春秋時代(紀元前6世紀ごろ)に食べられたという記録があり、敦煌の墳墓からも副葬品として壷に入ったギョーザが乾燥状態で発見されているそうだ。日本には戦後入ってきたといわれるが、日本の家庭でも中国の家庭と同じくらい、大人から子どもにまで好まれている人気食品になっている。 拙宅でも月に1回程度はギョーザをつくる。私は食べるだけで、手を出さないが、私を除く家族はギョーザづくりには慣れっこなっている。だから、冷凍のギョウザはほとんど買わない。 問題のギョーザはコープで販売されたものだ。食の安全には相当気を使っているはずのコープがこのような危険な食べ物を販売していたのだから、消費者は不安にならざるを得ないだろう。それにしても、メディアの騒ぎは尋常ではないと思う。もう少し冷静な報道ができないものかと思う。 日本の食料自給率が40%しかないことがこの問題の背景にあるのではないかと考える。フランス130%、アメリカ120%、ドイツ91%、イギリス71%と比べて格段に低いのである。隣の韓国でさえ50%なのだから、日本の数字の低さは異常といえる。政治家や官僚は何を考えているのだろうか。いや何も考えていないか、考えるふりをしているだけなのだろう。 食料の自給率を高くすれば、危険な食品を輸入しなくとも済むのは自明の理である。今回の問題は、日本人が土の大事さを忘れたつけが回ってきたと言ってもいいかもしれない。 私は近く友人の店にギョーザを食べに行く予定だ。「大丈夫かな」と若い友人に話したら「あの羽根つきギョーザに有機リンが入ってるわけ、ないじゃないですか」と笑われた。(写真は友人が営む中華料理店ニイハオの羽根つきギョーザ)