小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

234 ロス疑惑の三浦元社長逮捕  天網恢恢、疏にして漏らさずか

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 秋田を旅している途中、友人が携帯電話のニュース速報を見て驚きの声を上げるの聞いた。サイパン三浦和義元社長が逮捕されたというのだ。100%近い人が耳を疑ったことだろう。たしか最高裁まで行き、無罪になったはずだ。それがなぜと思うのは、当然だろう。

 逮捕から時間がたっても逮捕の理由ははっきりしない。テレビでは憶測を交えた話が飛び交っている。今回の三浦元社長逮捕の報道を見て、20数年前の暑い夏を思い出した。  警視庁が三浦元社長の逮捕に踏み切ったのは、彼の愛人といわれた元女優が、元社長の指示で彼の妻である一美さんの殺害を狙って起こしたいわゆる殴打事件(殺人未遂)が突破口だった。

 この事件を起訴に持ち込んだあと、一美さん殺人で再逮捕したのだった。保険金殺人事件という構図だった。週刊文春の「疑惑の銃弾」という告発記事から報道は過熱し、真偽不明の多くの情報が飛び交った。  

 警視庁が内偵捜査を始めたのは言うまでもない。しかし、米国が舞台で一美さんを銃で撃った銃撃犯が割り出せない。捜査陣の間には事件にするのは難しいという空気が強くなっていた。警視庁の多くの幹部からも「事件着手はやめた方がいい」という声も少なくなかった。これを押さえたのは、当時の目立ちがりやの警視総監だったと聞く。幸いしたのは、一美さん殺害とは別に、殴打事件が発覚し、捜査に弾みがついたのだ。  

 殺人未遂での逮捕、殺人での再逮捕へと続き、法廷では三浦元社長は無罪を主張する。しかし、殴打事件は有罪、殺人事件も地裁では有罪で無期懲役の判決が出た。殴打の方は有罪が確定するが、肝心の殺人は高裁で灰色無罪となり、最高裁で無罪が確定する。極めて個性的な三浦元社長は報道の渦中にあって、それを楽しむような印象さえ受けた。メディアを相手取った名誉棄損訴訟では弁護士を頼まず、本人訴訟をやり、法律に詳しい姿を見せていた。  

 最近では、万引きで逮捕されたというニュースがあり、「あの人が」とぐらいしか話題にならなかった。サイパンで逮捕された彼は、頭の毛がだいぶ後退しているが、日焼けした顔は精悍そうに見えた。数年前、札幌の雪祭り会場で、元社長の姿を見かけたことがある。独特の雰囲気を持っていた。ロスでは彼の愛人の1人だった白石千鶴子さんが失跡し、遺体で発見されたもう一つの事件も未解明だ。ロス市警はこの事件も当然捜査対象にしているはずだ。  

 日本の法制度では、「一事不再理」が原則だ。一度無罪になった以上、晴天白日の身である。だが、米国は友好国のこの原則を無視しても、元社長を訴追しようとしている。これに対しては批判も聞かれる。右翼が東京の街宣活動で、米国をこき下ろしているのを聞いて、妙だなと思った。彼がロスに移送され、どんな道を歩むのかは分からない。まっとうな生き方をしていれば、こういうことには遭遇しなかったのではないかとも考える。  

 ついていない、運が悪いとしか言いようがない。あるいは老子がいう「天網(てんもう)恢恢(かいかい)、疏(そ)にして漏らさず」 (天は広大な網を張っており、その網は目が粗いように見えるが、決して悪を漏らすことはない)ということなのだろうか。今度の異例の米国による逮捕で、元社長は昭和、平成時代の事件史に残る1人になった感がある。