小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

233 小説に集中した週間 女性作家が面白い

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このところ旅をする機会が多く、連続して小説を読んだ。佐藤多佳子の「しゃべれども しゃべれども」、加納朋子てるてるあした」は、作者が女性、題名が平仮名と共通点があり、文章のうまさ、構成の確かさも際立っていた。 小川洋子の「博士の愛した数式」で、女性作家に対する偏見を変えたが、2人の作品を読んでさらにその思いを深くした。 佐藤は、陸上競技にかける高校生を描いた「一瞬の風になれ」がベストセラーになった。「しゃべれども しゃべれども」は初期の作品だ。落語家と話の得意ではない4人の個性豊かな変人たちが、落語を通して心を通わせていく。
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加納はミステリー作品が多いが、「てるてるあした」は、そうではない。親がサラ金に追われて夜逃げし、1人寂しい町にやってきた少女が近所から「魔女」と陰口をたたかれるおばあさんと暮らし、心の成長をする話だ。 両方ともラストの文章がいい。「こたつがあり、ばあさんがいて、熱い渋いお茶の一杯もいれてくれる場所だった。一刻も早く帰りたいと思い、手をつないで2人で走るようにどんどん急いだのだった」(しゃべれども しゃべれども) 「誰かの軽い手が、そっと頭に触れた気がした。いい匂いのする風が、柔らかに吹く。佐々良の春は、まだこれからだ」(てるてるあした)。ちなみに前者は映画化し07年5月から上映され、後者はテレビ朝日系列でドラマ化され、06年の4月から6月まで放映されたという。
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男性作家のために少し書く。池永陽の「ゆらゆら橋から」は、私の歩んできた道を投影するような既視感を受ける作品だ。小学校時代から熟年期までに出会った恋がテーマだが、とりわけ私には第1話の「ゆらゆら橋」が心に響いた。東京から赴任してきた美しい先生に憧れる主人公の姿は私の少年時代と共通する。
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もう1作。真保裕一の「灰色の北壁」は、山を知らない私でも引き込まれる3つの短篇集だ。中でも、3話目の「雪の慰霊碑」は、気になる作品だった。大学生の息子を冬山で失った父親が慰霊のために同じ条件で山に挑む。 私の近所にも大学の山岳部の冬山訓練で息子を亡くした家があり、近所の人たちがこの家に集まったことを思い出した。山で死んだ本人はいい。しかし残された家族の悲しみは深いのだ。真保の作品はほぼ読んでいる。好きな作家の1人である。